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段ボールを開けると、古臭い薫りが微かに漂った。確かに綺麗だが、目に見えない埃が充満しているのは間違いない。俺は念のためにマスクを付け、作業を始めた。
「ちわっーす」
作業を始め数秒、ドアの開閉音と共に脳天気な声が店の中に飛び込んできた。
「いたいた、大和、休みはエンジョイしてるか?」
「仕事中」
わざわざ振り返るまでも無い。こんな脳天気な声で俺に語りかけてくるのは友人の麻田翔しかいない。
「冷たいなぁ」
「肩を揉むな! 気持ち悪い」
「あのさ、話あんだけど」
人の話を聞かないのはこいつの欠点の一つだ。
「……なに?」
俺は諦めて振り返る。翔は男としては小柄な方だ。その反面、この溢れんばかりのバイタリティはどこにあるんだろうかと不思議に思う。
薄手のダウンにダメージジーンズの軽装にいつもの薄ら笑いを浮かべ立っている翔。
(暇なんだよ、なんて言い出したらぶん殴ろう)
そう心に決めて翔の返答を待った。
「あのさ、今度の土曜日は暇でしょ?」
殴らずに済んだな。
「ここで働いてる」
「わぁお、勤労青年って素敵。けど、働きすぎは体に毒だぞ?」
「要件は簡潔にな。仕事中なんだ」
「分かったよ、ったく融通が利かねぇな」
ぶつぶつと愚痴を垂れる翔。
「お帰りは真後ろになります。力づくでの御案内が御所望でしょうか?」
「わかったよ。言うから。未来虹ちゃんがさ、食事会したいんだって」
未来虹ちゃんと言うのは翔の彼女さんだ。橋未来虹と言って翔に負けず劣らず脳天気と言うか、明るいので二人揃うとなかなかにやかましい。
「食事会?」
「そ、未来虹ちゃんの友達と四人で」
「友達って、未来虹ちゃんと同じ大学の娘?」
「そうみたい。けど大学だけじゃなくて、結構長い付き合いの友達だってさ」
「なんでまた」
「うーん、詳しくは聞いてないけど、元気付けてあげたいから的な事を言ってたかな」
「アバウトだな」
しょっちゅう合っているくせに、なんでそんなにざっくりしか知らないんだろうか。いつもどんな会話をしているのやら。
「ま、ただ騒ぎたいとかそういうのじゃ無いなら別に構わないけど、何で俺だ?」
「ああ…、うん、そりゃあ一番の親友だからさ」
嬉しいことを言ってくれているが、翔の目は分かり易く泳いでいる。
(なるほど、急な予定で都合のつく人間が見つからなかったということか)
高校の時からの付き合いだから、早6年。さすがに分かる様になって来た。
「まあいいさ。店長に聞いとく」
「頼むよ。大和が最後の頼みなんだよ」
「やっぱそうか」
「あ……」
しまったとばかりに一瞬素の顔になる。別にいいけど。
「さて、用が済んだらとっとと帰れ。了解が取れたら連絡する」
「うん、よろしくな」
さすがに気まずいと思ったのか、翔は素直に引き上げて行った。
(やれやれ、あいつが来ると仕事が進まない)
作業を再開し、全部取り出た本を選別していると、一冊だけ随分新しい本があった。
『趣味の園芸』
見間違うことの無い、分かり易いタイトルの本。これはあからさまにお爺さんの物なんだろうけど、随分と新しく、奥付も一年前の日付だった。ぱらぱらと捲っていると、ぽとりと何かが落ちてきた。
「ん?」
拾い上げてみると一枚の栞。桜の押し花を貼り付けた紙にセロファンが巻かれている。丁寧な造りをしているが、誰かの手作りの栞だった。