3
古本屋「新月堂」は随分古くから続いているらしい。現店長であり、俺の伯父でもある月島 新市が言うには、曾お爺さんが開業したらしい。つまり、下手をすれば百年単位で続いていると言う事になり、伯父で4代目となる。昔は常連も沢山いて、割と賑わっていたらしいが、最近は電子書籍の普及とかで、本を売る人も買う人も減って来ているらしい。そのせいだけではないだろうけど、この寂れた商売は大して儲かっていない。売り上げがゼロの日とか普通にある。それでも俺なんて雇っている余裕があるのは、伯父のもう一つの顔のおかげだ。
十六夜 華月と言う名で小説を書いているのだ。単行本も何冊か出しているし、文芸雑誌で連載も持っている。単行本は一通り読ませて貰っているが、どれも優しい雰囲気を持った暖か味のある作品ばかりで、読むとほっとさせてくれる。ちなみに、ペンネームの由来は、初めて投稿した作品を書き上げたのが16日の夜だったからとか。伯父の適当な性格をよく表した話だなと、妙に納得をしてしまった覚えがある。
そんな適当な性格なのに作家と店長という二重生活が加わったことで、身の回りについては恐ろしく無頓着になっている。人柄が良いのが救いと言ったところだろうか。
「大和、お茶……欲しいなぁ」
「はいはい」
俺はカウンターに伯父を座らせて、和室に上がった。ちゃぶ台に和箪笥と恐ろしく昭和な部屋。部屋の片隅には書き物机があって、そこにはパソコンが一台置かれている。型遅れの代物だけど、この部屋にあると妙に近代的な設備に思えてしまう。一応店の出納用にと言うことなのだが、これを使う意味があるのか、と思うほどに客は来ない。多分、立ち上げている間にその日の集計が手計算で終わってしまうだろう。
ちゃぶ台の上に置かれているポットには常に湯が沸かしてある。急須に安物の茶葉を入れ、ポットから湯を注ぐ。ふわりと緑茶の良い香りが漂った。湯飲み二つに急須からお茶を入れ、それをもってもう一度店内に出る。
「はい、どうぞ」
「ああ、悪いねぇ」
受け取っておいしそうに一口飲む伯父。そのまま湯飲みを持って和室に上がった。俺は入れ替わりで再びカウンターの椅子に腰掛けた。
「相変わらず、夜は遅いの?」
「うん。て言うか、もう朝だからねぇ、寝るのが」
夜の方が筆が進むとはいつぞや伯父が言った戯言だ。
「店は続けるつもり?」
「うん、続けたいねぇ。せっかく続いてるし……」
「体、壊さない?」
「前はしんどかったけど、今は大和が来てくれるから随分楽だよ」
面と向かってそんな風に言われると、少し照れる。
「でもさ、大して儲かってないんだろ?」
「まあね。でも、どうせ土地は僕のものだからね。ま、趣味みたいなものだよ。親の残してくれた形見みたいなものだしねぇ」
そう言いながら、伯父は感慨深げに店内を眺めた。そうしていると歳相応の落ち着いた人という感じがする。いつもが実年齢よりも幼く見えてしまうだけで、母の兄なので当たり前と言えば当たり前なのだろう。
「確かに、いい店だよね。俺も好きだし」
「そう言ってくれると、嬉しいよ」
何となく言った俺の台詞に伯父はにっこりと笑った。それからお茶をもう一口飲んだ。
「そういえばさ、休みはいつまでだっけ」
「来年の春まで」
「大学は長いよねぇ、休みが」
「ま、お蔭様で暫くはここに来れるよ」
(大学が始まっても恐らく大半の日はここに来るけど。他にやることも無いし)
俺の返答に伯父が少し間を開けて次の質問が遠慮気味に飛んできた。
「…クリスマスの予定は無いの?」
「それは、そっくりそのまま返すよ」
「ははは、参ったな」
伯父は未だに独身だ。苦笑いしたところを見ると、クリスマスも予定が無いらしい。俺もだけどさ。
「さて、それじゃ目も覚めたし、続きを書こうかなぁ」
(逃げたな)
「何かあったら呼んで。それと、ダンボールの中身、適当に積んどいて」
「また? もうかなり溜まってきてるけど」
買い取って未整理のまま放置されている本の数は、結構なものになってきていた。
「そうだよねぇ、そろそろ整理しないとねぇ。でも、店内の置き場も空きがないしねぇ」
伯父の言葉に俺は店内を見回してみた。本棚も足元の平積みも限界と言う気がする。
「ま、とりあえずはそこに置いといてよ」
そう言って、伯父はレジ横の未整理本の山を指差した。