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黒のフリースにジーンズという出で立ちはクリスマスにトチ狂う商店街にはミスマッチ。そして、その足元には段ボール箱を二つほど重ねて括りつけたカートが置かれている。
店内は通路にまで平積みにされた本があり、カートを引きずって店の奥にあるレジまでは運べない。どうしたものかとおろおろしているので、こちらから声をかけることにした。
「買取ですか?」
「はい、お願いしたいんです」
そう言った声は途中の本棚に吸い込まれそうなほどに弱々しかった。
「ああ、はいはい。ちょっとお待ちくださいね」
俺は彼女に向かってそう言ってから、今度は背後の引き戸を開けて店の奥に向かって叫んだ。
「店長!」
ガタン、ゴトンという何かがひっくり返るような音と小さな悲鳴に似た声が聞こえた。
(また転た寝してたのか)
とりあえず、店長が来る間に俺は彼女のところまで歩いて行き、カートごとダンボール箱を持ち上げた。意外と重たかったが、女の子の手前もあって頑張ってみる。それを店の奥まで運び、何とか空いているスペースを見つけて降ろした。
「す、すみません……」
「いえいえ、仕事ですので」
バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、適当に整えたらしい皺だらけの服に、寝癖混じりの髪の毛をなでつけながら店長がゆっくりと出てきた。頬にはきっちり腕の痕がついている。
どこからどう見ても小汚いおっさんだ。
(これが客商売をする者の姿かよ)
いつものことながら呆れるほどの風貌に小さくため息を殺した。
「はいはい。お待たせしました」
「買取りだそうです」
そう言って俺はカートに括りつけられた段ボール箱を指差した。
「あー、はいはい、それじゃあ失礼しますよ」
そう言いながら、店長は箱をカートから外して中を覗き込んだ。
「家の物置から沢山出てきたんです」
女の子の言葉通り、随分と古い装丁の本が箱の中には入っていた。
店長は本に熱中し始めたらしく、女の子の言葉が一瞬宙に浮いた。それを拾うのは当然俺の仕事と言う訳だ。
「重かったでしょう」
「はい。それに商店街が賑やかだから……歩き辛くて」
困ったような笑顔で女の子はそう言った。
「それにしても結構な冊数ですね。お客さんの本ですか?」
「いえ。多分、祖父のだと思うんですけど。もう誰も読まないからって父に言われて…」
確かに読まなくなった本は下手をすればただの埃製造機にしかならない。場所も取るし、処分したい気持ちは良くわかる。捨てる訳にはいかないが、売り払えば次の持ち主が出てくる可能性もあり、罪悪感もそれほどわかない。おまけにお金まで貰える。大体の場合は極々小額に終わるにしろ。
「父が、適当に詰めちゃって。バラバラかも」
「ああ、大丈夫ですよ。そこで熱心に本の品定めしている人は、そんなの気にしませんから」
俺がそう言うと女の子は少し安心したように胸をなでおろした。
「うん、結構状態がいいですねぇ。これなら買い取れる」
店長は背中越しに言った。
(こっち向けよ)
なんて思ったがそもそもこの人にまともな接客を期待することが無駄だと思い、とりあえず苦笑いだけを浮かべておくことにした。
「あ、良かったぁ」
安堵の笑顔はなかなか可愛らしい。もう一度カートを引きずって家に戻る必要がなくなったからだろう。その気持ちは良くわかる。本が詰まった箱はバカみたいに重いものだ。
「それじゃ、ここに必要事項を」
俺は買取り用紙とペンを彼女に差し出した。カウンターを台にして、そこにさらさらと書き込んでいく彼女の字はとても綺麗だった。何となく覗いて見ると、住所はすぐ近くだった。
『上村ひなの』
名前の欄にはそう書かれていた。
「はい。お願いします」
書き終えた彼女はそれをこちらに差し出してきた。
「はい、結構です」
内容を確認して俺がそう言うと、店長がトレーに現金を乗せてカウンターの上に置いた。
「どうも、ありがとうございました」
店長が精一杯の愛想でそういうと、彼女も微笑んで会釈をした。可愛らしい笑顔だ。
「また、どうぞ〜」
軽くなったカートを引きながら、出て行く背中に俺も声を掛けた。すると、店を出際に律儀にこちらに向かって会釈してくれた。引き止めてしまったようで申し訳ない。今時に珍しい丁寧な子だ。
「ここ」
扉が閉まったのを確認して俺は自分の頬を指差しながら店長に振り返った。
「え、何かついてる?」
「腕の痕。寝てたの?」
俺の指摘に低く呻きながら苦笑いを浮かべる店長。
「いやー昨日、遅くてねぇ」
「だとしても、営業中に店長が転た寝ってのはどうかと思うけどね」
「いやぁ、ほら、大和が頼りになるしさ……」
罪悪感は一応あるのだろうが、それでもこういうことを平気で口にするのがこの人の凄いところだ。いや、凄いのかは微妙なところだろうか。