その思い出、上書きしますか?
03
 店を出ると、外の空気はまだじっとり暑く、冷房に慣れてしまった体にはキツイ。


「理佐、お前何杯飲んだ?」

「ビール4杯と、それからチューハイに替えて、最後にウーロンハイだったかな……山路は?」

「俺、生1杯」

「は? あんた最初のしか飲んでないの?」

「それで割り勘ってひどくね?」

「いや、でも、あんたいっぱい食べてたよね?」

「ま、いっか。誘ったの俺だし」


 そう言って笑う山路の隣で私は思う。

 結局、最後まで聞けなかったな。

 今日、なんで私のことを誘ってくれたの?

 って。



 どこか遠くで、どーんっと音が響いた。耳を澄ますともう一度同じ音が聞こえてきた。


「花火かな?」

「花火だな」


 顔を見合わせる。そう言えば今日は隣町の花火大会の日だ。


 それに気づいたあと、私の胸がちょっと痛んだ。

 拓真と2人で行った花火大会。あの日私は拓真に告白されて……



「理佐! こっち!」


 突然、山路に手を掴まれた。慌てる私を強引に引っ張って、山路が走り出す。


「えっ、ちょっ、なに?」

「こっからなら見えるから!」


 山路に引かれて歩道を走る。そのまま駅前の雑居ビルの非常階段を駆け上る。

 すると遠くの夜空にぱあっと開く花火が見えた。


「見えた!」

「だろ?」


 自慢げに笑う山路の横顔をちらりと見る。もしかして初めから、ここへ来ることを想定していたのかな。


 遠くの夜空にまた一つ、赤い花が開く。



「これで一つ上書きされたな」

「え?」


 空を見つめたままの山路が、へへっと笑って私に言う。


「理佐の持ってる拓真との思い出、俺が丸ごと上書きしてやるよ」


 ぼうっとした頭が次第に冴えたら、何だか急に恥ずかしくなってきた。


「な、なに言ってんの? 今日の山路、なんかヘンだよ」

「酔ってるからなぁ」

「1杯だけで?」

「安上がりだろ?」


 そう言って笑う山路が私のことを見る。どさくさに紛れて繋いだ手はまだ離さないまま。


「どうよ? こんな男」

「ど、どうって?」

「ま、すぐに答えを出せとは言わないけど。こっちは中3から待ってんだ。数か月や1年増えたってどうってことないし」


 夜空にまた花火が上がり、低音が耳に響く。


「……やっぱ、今日の山路、ヘン」


 山路が笑う。昔と変わらない、どこかほっとする笑顔で。





 そのまま、家の近くで山路と別れる。私は実家暮らしで、山路は帰省中。会おうと思えば会える。


 そして、就職すると同時に都会で一人暮らしを始めた拓真とは、その頃からお互いの気持ちが離れ始めていたことに、薄々気づいていた。


 高校の頃から付き合っていた拓真と別れたのはつらかったけど、こうなることはもうだいぶ前からわかっていた。


「じゃ、ここで」

「あ、あのさ」


 そっけなくそう言って、背中を向けた山路を呼び止める。


 ゆっくりと振り向いた山路に何を言おうとしているのだろうか。



「今度さ、2人でどこか行かない? う、海とかさ」


 言ったよね、さっき。

 拓真との思い出全部、あんたが書き替えてくれるって。


 振り返った山路は私の前で笑う。


「どうしようかなぁ? 俺、誰かさんみたいに、ヒマじゃないしなぁ」

「あんたねー」


 おかしそうに笑った山路が私に向かって言った。


「んじゃ明日、海に行こう。家まで迎えに行くから。二日酔いでダウンとか、ナシな!」

「え、ちょっと待って……あ、明日ー?」


 満足そうに笑いながら去って行く、山路の背中を見送った。


 なんだか最初から全部、山路の計画に嵌められたはめられてるような気がしないでもない。



「ま、いっか」


 小さく息を吐いたあと、さっき2人で見た夜空を見上げる。


 これから作られるたくさんの思い出が山路と一緒だったら――

 それも悪くはないな、なんて思った、真夏の夜。



■筆者メッセージ
卒業記念ですかね?

久しぶりの友人から連絡があったり、別の作品で雑に退場させたことも関係してるわけで……

そんなこんなでの短編なわけで……
希乃咲穏仙 ( 2022/05/25(水) 06:16 )