01
【たまには、二人で飲みに行かね?】
会社がお盆休みに入った初日。冷房の効いた部屋でダラダラしていた私に届いた、思わぬ人からのメッセージ。
こんにちはも久しぶりもなく、いきなりこんなふうに切り出すところは、昔と全然変わっていない。
私はベッドの上でごろんと仰向けになると、指先で画面をなぞった。
【は? 急になに?】
ちょっと冷たく突き放してみる。
既読の文字が現れ、返ってきた返事は全く会話になっていない。
【16日とかどう? 場所は駅前の居酒屋とかで】
私は小さくため息を吐いて、ふっと口元をゆるませた。
【山路、あんたは全然変わってないね】
こうやって、予定をどんどん勝手に決めていっちゃうところとかさ。
そんなことを思ったら、久しぶりに声が聞きたくなって、私は山路に電話をかけていた。
『だからよぉ、休み中、どうせヒマしてると思って、誘ってやったわけよ』
電話越しに響く山路の声を聞くのは3年ぶり。
「なんでヒマって決めつけるのよ?」
『は? どうせヒマだろ? 忙しぶるなよ』
「私にだって、予定ぐらいありますから」
『へぇ、んじゃ、いつヒマ? いつだったら飲みに行ける?』
そんなに私と飲みたいか?
それともよっぽど、あんたもヒマなわけ?
だけど山路とは、3年間会っていなかったのが嘘のように自然に会話している。
山路の声を聞いていると、毎日教室で会っていた、中学の頃に戻ったような気持ちになる。
「しょうがないなぁ。そんなに私と飲みたいなら、付き合ってあげる。16日ね?」
私が言ったら、電話の向こうから、懐かしい笑い声が聞こえてきた。
その日は今年の最高気温を更新した。
夕方になっても体感温度はちっとも下がらず、私はハンカチで汗を拭いながら、駅前のチェーン店の居酒屋へ駆け込んだ。
電車に乗って行けば、もっとおしゃれな店もあるけど、私の住む最寄駅で飲みに行くと言えばこんな居酒屋くらいしかない。
わざわざ電車に乗って、山路とおしゃれな店に行く理由なんてないし、この店を指定してきた山路だって、ここで十分だと思ったのだろう。
それにこの店は大学の頃、時々訪れた場所だ。私と山路と、あの人の3人で。
クーラーの効いた店内へ入ると、山路が笑いながら私に手を振った。
「理佐よぉ」
「ん?」
席に向かうと3年ぶりに会った私に山路は挨拶もなく話しかけてきた。
「ちょっと太った?」
「あんたねぇ、久しぶりに会う女子への第一声がそれ?」
私の苦言に山路がおかしそうに笑う。そして、席に座った私にメニューを差し出しながら言った。
「うそうそ、俺、すっげー嬉しいよ。まぁ、今夜は飲もうぜ」
「あんた、私を酔わせて、何かヘンなことしようとか企んでない?」
「お前を酔わせる前に、こっちが先につぶれるわ」
またへらへらと笑って、山路は私が言う前に生ビールを注文してくれた。
「んじゃ、とりあえず乾杯」
向き合って座った山路と生ビールで乾杯する。
そう言えば山路と二人で飲むなんて、初めてかもしれない。
いつも飲みに行く時は3人一緒だった。
私はそんなことを思いながら、ジョッキのビールをグビグビと飲む。
熱くなった喉元を冷えたビールが通り過ぎ、生き返った気分になる。
半分近くを一気に飲んで、おっさんみたいにぷはーっと息を吐いたら、山路が私のことを尊敬の眼差しで見つめていた。
「相変わらず、威勢のいい飲みっぷりで」
「そう言うあんたも相変わらず、女々しい飲み方してるのね?」
ははっと笑って、一口だけ飲んだジョッキを置いた山路は酒があまり強くない。というか、あまり好きじゃないんだろう。
だけど、飲み会の幹事を引き受けるのは、いつだって山路だった。飲むのは好きではないけど、飲み会は大好きだって、前に言っていた気がする。
そんな山路から誘われなくなったのは、私たちが就活で忙しくなった頃。そのあと無事に就職してからも、私が山路に会うことはなくなった。
「何か食う物も頼めよ。俺、腹減った」
「何が食べたいの?」
「理佐の好きなのでいいよ」
メニューを見ながら、ちらりと山路を盗み見る。また一口、ちびりとビールを口にし、私に笑いかけた。