01
私の最愛の人は謎の言葉を残して異国に旅立っていった。
飛び立つ飛行機を空港の窓越しに眺めながら、私は彼との出会いわ思い返していた。
あれは、5年前のこと。大学1年の頃、初めて参加したサークルの飲み会に彼がいた。
名前は湊大悟。4年の先輩。私を無理矢理サークルに引き入れた友達が教えてくれた。
落ち着いた大人な雰囲気と、優しい立ち居振舞い。サラサラの黒髪に、切れ長な目。今まで私の周りには居なかったようなタイプの人間。
その姿を目に入れた瞬間、目がチカチカした。あまりにも眩しすぎて直視できなかった。簡単に言うと、人生初の一目惚れをしてしまった。
私はすぐに彼に夢中になって、彼に近付こうと頑張った。とにかく頑張った。
友達に無理矢理引き入れられたはずのサークルが毎日のように顔を出すようになり。気付けばサークルの出席率は1番になっていた。
いつ彼が来るかわからないから、取り敢えずほぼ毎日サークルに出続けた。彼を見つけたら、いつも真っ先に挨拶をするのが日課になっていた。
初めて声をかけた時、私は緊張しすぎて自己紹介と告白を同時にしてしまった。
「は、初めまして! 北野日奈子とも、申します! せ、先輩って、す、素敵ですね! すごく知的で、えっと、すっ、好きっですっ!」
「……え?」
飲み会も半ばに差し掛かった頃。彼の隣を陣取っていた彼の友人らしき人物が、真っ青な顔でトイレにいくのを見て、私は迷わず彼の隣に駆け寄った。
隣に座るのは迷わなかったけど、いざ来てから困った。彼は急に走り寄ってきて隣に滑り込んだ私を不審感丸出しで見ているし、私も私でオレンジジュースを片手に動けないでいた。
周りから見ても、私は明らかに挙動不審だったと思う。案の定、彼は私を無言で見つめている。
(これは不味い。何か言わなきゃ!)
そう焦って出たのがさっきの言葉だった。
酔ってない。一口もお酒は飲んでない素面の状態であの有様。
あの後、周囲は突然の告白劇に沸き、固まる私と彼を置き去りに大いに盛り上がったのは言うまでもない。
一度気持ちをぶちまけてしまった私は、もう突っ走るしかないと色んなものを吹っ切って、彼に猛烈にアタックを続けた。
そして、その1年後、ついに根負けした彼とのお付き合いが始まった。
付き合い始めた頃は、彼は大学を卒業して就職していた。私は学生、彼は社会人としてのお付き合いが始まった。
彼は優秀で、誰もが知っている有名企業で働いている。私は大学の講義が終わると、その足で彼が一人暮らしをしているアパート近くのスーパーに向かう。そこで買い出しをし、夕食をつくって帰りを待つ。
まるで通い妻。仕事で忙しい彼との時間を過ごすには、少しでも一緒にいなくちゃダメ。そう思った私が勝手にやっていることだった。
彼と一緒に夕食を食べられるのは多くて週に2回くらい。だいたいは私の門限に間に合わなくて、ラップをして帰ることが多かった。
週に1回あるかないかの休日は、仕事の疲れからか、彼はあまり外に出たがらない。でも、家の中でも彼と一緒ならそれだけで楽しいからそんなに不満もなかった。
それから3年が経った。私も無事に就職し、小さな会社で事務をしていた。相変わらず通い妻は続けていたけど、私も就職を機に一人暮らしを始めた。なので、彼と私の休みが合う前日は彼のアパートにお泊まりをする。そんな日々が続いていた。
愛する彼と共に過ごす5度目の春。私と彼の穏やかな日常はまだまだ続くと思っていた。
ところが、彼に辞令が下った。なんとカナダへの1年の長期出張。
私は驚愕した。それも、1年だなんて。
しかも、出張先でもかなり忙しいらしく、間での帰省はほぼ不可能らしい。つまり、帰ってくるのはまるっと1年後になる。
(そんな……)
目の前が真っ暗になった気がした。彼はモテる。きっと海外に行ってもその魅力は通じてしまう。金髪のセクシーダイナマイツに迫られたら、彼もコロリと心変わりしてしまうのではないだろうか。
なんせ、こんな平凡な私に根負けして、5年も付き合うような優しい彼だ。金髪美女のカナディアンアタックなんて、私よりも強烈に違いない。
私は恐れていた。
彼と離れる。それはイコール私たちの別れを意味している。
彼は優しいから、通い妻ならぬ押し掛け妻になって悦に浸る私にきっと別れを切り出せない。
自分でもわかってる。
上品で落ち着いた余裕を持つ大人な彼と、平凡で騒がしいだけのガキな私。誰が見ても釣り合わない。きっと、私は周囲から見れば彼にまとわりついて彼女面する、滑稽な猿にでも見えていたんだろう。
そう、私たちの関係は私が彼につきまとっているだけなのだ。私から離れたら、彼は自由になる。
私はそれが堪らなく恐かった。
けど、同時に思った。
『5年も恋人ごっこをしてもらったんだから、いい加減開放してあげたら?』
私の中の天使と悪魔が囁いた。悪魔はもっと彼にすがれと。天使はもう彼を自由にせよと。
どちらも私の本音だから、どっちかを選ぶことなんて出来ない。
卑怯な私は答えを彼に委ねた。彼がカナダに発つ日、私は彼を見送りに空港へ行った。