01
私は所謂フリーターと言うやつだ。大学卒業後に就職した銀行を辞めてから、ずっとそう。土日祝日は働かない。平日の日中だけ、複数のバイトを掛け持ちで働いている。
接客業は割と好き。でも単調だと飽きる。字を書かされるのは苦手。文字を読むのもあまり好きじゃない。休みの日には、家でゴロゴロするか、デートしたり、友達と遊んだり、買い物に行ったりしたい。
「ねぇ」
私は同居人に声をかけた。
「なんだ?」
彼は真面目くさった顔で短く答える。不機嫌なわけではなく、こういう人。
もう慣れた。でも、慣れるまでは絶滅危惧種の珍獣のように、彼の生態、もとい反応が読めなかった。
反応は読めるようになったが、相変わらず考えは読めない。
以前尋ねたら、答えるのが面倒くさいと言われたので、ムカついて家出をしてやった。友人の家で寛いでいたら彼から電話がかかってきて、ところでいつ帰って来るんだ?と。本当ムカつく。
「明日、暇?」
明日は日曜日。だけど仕事の虫の彼は、平気で土日祝日仕事する。いっそPCのデータ全部消してやろうかしらと時折思うほどに仕事人間だ。以前日曜日って知ってる?と尋ねると休んでもいい日といつもの調子で返された。彼には彼の哲学があると知った。
「今のところは」
「じゃ、買い物に行こう」
「買い物?何を買うんだ」
「植木鉢かプランター」
「プランター?」
彼は怪訝な顔を見せた。
「する気だ」
「少なくとも死体を隠すためじゃないわよ」
「当たり前だ」
素っ気ない返答。冗談なのに。
「バイト先でね、ハーブの種を貰ったから植えたいの。料理にも使えるしね」
「まぁ、そんなところだと思った」
私が答えると彼は納得顔で言った。
「なんで?」
「お前が観賞用に草花を植えて、世話しようとするわけがないからな」
「どういう意味よ」
「そうだろ。見た目や感性よりも、実利や機能性を重視する。自分の労力に見合う報酬が欲しいからな」
「文句あるの?」
「いや、羨ましく思うよ」
真顔で言われ、きょとんとした。
「悪いがもう出る。今日片付けないとまずいんだ」
「明日は本当に大丈夫なの?」
「問題ない。夕方までには戻るよ」
「弁当作ってないよ」
「構わない。じゃ、行って来る」
立ち上がろうとした彼のネクタイを引いて、留まらせる。
「なんだ?」
「ネクタイ曲がってる」
「……乱暴に引っ張ったからだろ」
「黙ってて」
そう言ってネクタイを緩める。彼は抵抗しない。呆れたように私を見ている。
ネクタイを外し、シャツのボタンを一番上から3つ目まで外す。
「おい、何をしてるんだ」
鎖骨の辺りにぎゅっと唇を押し付けた。後には口紅と薄く欝血が残る。それから手早くボタンをはめて、ネクタイを締めた。
「……お前な」
彼は困ったような顔で私を見下ろす。
「行ってらっしゃい」
そう言って、くるりと背を向けた。洗濯がまだ途中だったと思い出したから。
急に背後から、抱きしめられた。
「どうしたの?」
彼は返事の代わりに私の顎を掴んでキスした。
「……何よ。出かけるんでしょ?」
「保乃。お前は本当、ヤな女だな」
「面と向かってそういう事言う?」
「お前といるとバカが伝染る」
「じゃあ、離しなさいよ。忙しいんだから」
そう言うと、彼はちらりと掛け時計に目をやり、小さくため息をつくと解放した。
「じゃあ、行って来るよ」
不機嫌そうに言って、出て行った。
私はそれを背中に聞きながら、洗濯機に歩み寄る。籠に洗い立ての洗濯物を放り込んで、ベランダに向かう。
良い天気だ。今日はゴロゴロしようかと思ったけど家の中にいるのは勿体無い。弁当作って、お出かけしよう。
目的地は決めない。足の向くまま、気の向くまま、自由に歩きたいだけ歩いてみたい。
結構良いプランな気がする。気が向いたら、昼頃にでも彼の会社のそばに行ってみようかな。確か、近くに公園があったと思うけど。
洗濯物を折りたたみ、パンパンと叩いてから広げて干す。
この叩く音が乾いた洗濯物から香るお日様の匂いと同じくらい好きだ。
お弁当は何にしよう。厚焼き玉子に、ウィンナーは必須。おむすびはおかかと梅。
おかかと梅干しは実家から送られた自家製。梅干しは庭で取れたもので、おかかは土佐の鰹節を削って地元の醤油やみりんで軽く煮詰めたもの。
そう言えばほうれん草を茹でて半端に残っているのがあるから、あれを炒めよう。エリンギかマッシュルームがあれば良かったけど、ないから椎茸と一緒に、バターで炒める。
ポテトサラダも作って入れようかな。
あと、冷凍したコロッケの残りも入れちゃえ。キャベツの千切りも。
じゃ、早速準備しよう。洗濯物を干し終えて台所へ行くと、スマホが光っていた。
見たら、LINEが一通。彼からだった。
『覚えてろよ』
やはり、会社の近くに行くのはやめよう。しかし、なんで腹立ててるんだろう。良く判らない。まぁ、良いか。
私は大きく伸びをした。