誠 10
「おばあちゃん、本当にお世話になりました」

「いいって、いいって。またいつでも遊びにおいで」


 柚菜が祖母の前でぺこりと頭を下げる。誠はそんな二人を眺めながら、来た時と同じ様にスポーツバッグを肩にかけた。


「あっち着いたら連絡する」

「誠が帰ったら、きっとお父さんも喜ぶよ」


 祖母の声に誠は顔をしかめる。


「そんなわけねぇだろ? お前の顔は見たくないって言われたんだぜ?」

「今ごろ後悔してるに決まってるさ。お父さんはね、末っ子のあんたのことが一番心配で、一番可愛いんだよ」


 誠の前で祖母が笑う。視線を逸らす誠を柚菜が黙って見つめている。


 小学生の頃、夏休みは父と二人でこの家に来た。仕事人間だった父と、年に一度だけ一緒に過ごせる時間。

 兄と姉は勉強や部活で忙しかったから、一番年下の誠だけを父が連れてきてくれた。

 日中を海で泳ぎ、帰り道はアイスを食べ、夜には庭で花火をして。父の布団で虫の声を聞きながら眠った。

 一日中、父を独り占めできることが嬉しくて、この時間が永遠に続けばいいと思っていた。



「もう行くよ」

「ああ、気をつけてな」


 庭先で手を振る祖母の姿。柚菜と一緒に歩きかけた誠が足を止め、振り返る。


「ばあちゃんは……一人で平気なのか?」


 自分たちが出て行ったら、祖母はたった一人。祖父のいないこの家で、たった一人で生きていくのだ。


「もう慣れっこだよ」


 祖母がそう言って笑う。


「それにここには、じいちゃんがいるからなぁ」

「浜の女は一途……なんだよな」


 いつか祖母が言った言葉を返すと祖母は小さく微笑んで頷いた。



 柚菜の手を引きながら、海沿いの道を歩く。この町にやってきた日と同じように空はどんよりと曇っていた。


「……誠くん」


 黙り込んだままの誠に柚菜が呟く。


「誠くん、いいの?」

「何が?」

「私と一緒に、東京に戻ること」


 柚菜がちらりと顔を上げて誠を見る。



本当は少し思っていた

コンビニもファミレスもゲーセンもない

潮の匂いがするだけの

息が詰まる退屈な田舎町

だけど、祖母と二人の生活は悪くなかった

このままこの町で

面倒なことは考えずにずっと暮らす

それはそれでよかったのかもしれない

だけど



 繋いだ手をぎゅっと握る。



もうこの手を離したくはない



「これ以上いたら、オレ、退屈すぎて死ぬよ」


 おどける誠に柚菜が少し笑った。誠もかすかに笑顔を返した時、ふいに声をかけられた。


「誠くん」


 柚菜ではない女の子の声。振り向くと坂道を下りてきた沙耶香が誠たちの元へ歩み寄った。


「東京に帰るんだってね? 信から聞いた」

「あんたも来るんだろ? あいつと一緒に」


 沙耶香が首を横に振る。


「来ないのか?」

「……うん」

「なんで?」


 沙耶香は曖昧に笑い返し、話題を変えるかのように柚菜をちらりと見て言った。


「誠くんの彼女さん? 可愛いね。大事にしてあげなきゃダメだよ?」

「話そらすなよ」

「電車の中で泣いたりしないでね? 男の子なんだから」

「うるさいっての」


 二人で電車に乗って病院に行った日。沙耶香の前でみっともなく泣いてしまった誠。



沙耶香のほうがよっぽどつらかったはずなのにな



「いや、それよりどうして……」

「誠くん」


 沙耶香が誠の言葉を遮る様に言葉を被せた。


「ありがとね。いろいろ」

「沙耶香……」

「信にさ、謝っておいて。ごめんねって……」


 沙耶香は寂しげにもう一度微笑む。


 そんな沙耶香の表情を見るとそれ以上何も言えなくなり、今来た道を戻っていく沙耶香の背中を誠はただ見送るだけだった。



どうしてあんなふうに笑えるんだろう

憎しみも悲しみも

胸の奥にしまいこんで

そうやって生きていくつもりなのか?

生まれ育ったこの町で

今までも

これからも




 駅へと続く道で振り返る。遠慮がちについてくる柚菜が立ち止る。その向こうに見えるのは、決誠はただ黙って、過ぎてゆく景色を目で追っていた。



■筆者メッセージ
前回から毎度の如く少し日が空いてしまいましたね。なんとかやってますよ。



しーさん
今年の8月は何もないですもんね。祭りに高校野球に夏フェスとかも……だから、尚更、対馬に行きたいですね。バーチャルの方の対馬に

また、お願いします。



鶉親方 ( 2020/07/30(木) 02:12 )