誠 8
 祖母の後について、お焼香をあげる。信次の父親には会ったことがなかったけど、遺影を見る限りでは、信次に似ているなと誠はぼんやりと思った。

 兄の秀一の隣で、葬儀の参列者に頭を下げていた信次がちらりと誠を見た。

 湿度の高い蒸し暑い日。台風が近づいているせいで、空は重苦しく曇り、海は見たことのないほど荒れていた。




「冴嶋さんもねぇ、私なんかより全然若いのに」


 葬儀の帰り道、祖母はため息を吐くように呟いた。誠はただ黙って、その後をついて歩く。

 海から強い風が吹いて立ち止る。ふと目を移した道の先に見覚えのある人影が見えた。


「誠、どうしたんだい?」


 祖母が振り向いて誠に言う。


「ごめん、ばあちゃん。先、帰ってて」

「今日は嵐になるよ。早く帰ってくるんだよ」


 祖母が立ち去るのを見送ってから、誠はもう一度振り返る。

 駅から海へ続くゆるい坂道の途中、女の子がこちらをじっと見つめている。


「柚菜……」


 呆然と立ち尽くす誠に柚菜がゆっくりと近づく。何か月ぶりかに見る柚菜はずいぶん痩せた感じがした。


「何で電話に出ないの?」

「え……」

「あんな中途半端な終わり方して……かけ直しても通じないし」

「あ、スマホ、海に落としちゃって……」

「バカっ!」


 柚菜が右手を振り上げ、思いきり誠の胸を叩く。


「心配したんだからっ! 何かあったんじゃないかって!」

「ごめん……」

「謝るならちゃんと謝って! こんな所に逃げないで、ちゃんと私の前で謝って!」

「柚菜……」


 震える右手を握り締め、柚菜は何度も誠を叩いた。涙をこぼしながら何度も何度も。


「怖かったんだから……ずっと一人で……すごく、怖かったんだからね……私」


 柚菜の手が緩み、そのまま地面に崩れ落ちる。膝を抱えるように泣き出した柚菜の前に誠もしゃがみこむ。


「柚菜……オレに会うために、こんな所まで?」


 泣きじゃくる柚菜の髪にそっと触れる。雨粒が空からひとつ落ち、誠の手を濡らす。


「怖かったよな? オレだけ逃げて、ごめんな?」


 パラパラと雨が地面に染み込んでいく。うなるように響く風の音が、重く低く、耳元をかすめる。




最低だ

親に追い出されたなんて

都合のいいただの言い訳

本当はオレも怖くて

柚菜から少しでも遠くに離れたくて

逃げただけだ



 潤んだ目をした柚菜の髪に雨が落ちる。濡れた前髪にそっと触れ、涙が伝う頬をなぞる。その指先が口元まで届いた時、柚菜の両手が誠の肩に回った。


「嫌い……大っ嫌い」

「うん」


 柚菜の冷えた背中を抱きしめる。


「誠くんなんか、大っ嫌い」


 しがみつくような柚菜の身体を、もっと強く抱き寄せる。

 雨で視界が悪くなっても、触れ合った肌と肌は嘘じゃない。柔らかくて懐かしい、その感触を確かめながら、誠は誓った。



何を言われても

目を逸らさず受け止めよう

今度こそ逃げないで

正面から向き合おう

柚菜にも

両親にも



 激しくなってきた雨の中、柚菜の手を引いて歩いた。海は激しく波打っていて、いつもの防波堤にしぶきが上がる。


 強い風に逆らうように進みながら、誠は柚菜の震える手をもう一度強く握りしめた。




■筆者メッセージ
小魚さん
とりあえず、今作においては新しく登場させるつもりはありません。設定まで考えくれているのに申し訳ないです。別の作品でなら登場させられるかも知れませんので、待っていてもらえると助かります。


また、お願いします
鶉親方 ( 2020/05/31(日) 07:36 )