誠 5
 いつもの堤防の上に座り、学校から帰ってくるの沙耶香を待つ。

 だけど、いつまで待っても沙耶香は誠の前に現れなかった。


「何やってんだよ……あいつ」


 堤防から飛び降り、海沿いの道を一人で歩く。空が晴れているせいか、山の緑も、海の青さも、どれも眩しく輝いて見える。


 祖母の家の前で立ち止まった誠は庭の中にいる人影を見て声を上げた。


「なんでここにいるんだ?」


 庭先で祖母と野菜の収穫をしているのはあの信次だった。


「ああ、冴嶋さんちの信ちゃんだよ。あんたたち知り合いなんだってねぇ?」


 のんびりとそんなことを言う祖母の隣で信次は誠にほんの少し会釈する。


「いや、知り合いって……」

「あんたのこと、訪ねてきてくれたんだよ? 友達ができてよかったじゃないか、誠」



友達だ?

沙耶香とこいつのことをちょっと心配してやってたら

勝手にこんな所に来るか




「ああ、そうそう。信ちゃん、しばらくうちで暮らすことになったから」

「はぁ?」

「家出息子がもう一人増えたって、何にも変わりゃしないよ」


 祖母が声を立てて笑いながら、縁側から部屋の中へ入っていく。誠 はぼんやりと突っ立っている信次のことを睨み付けてやった。


「……そういうことだから。よろしく」

「よろしくって……意味わかんねぇし」

「俺もわかんねぇけど……なんとなくそうなった」



冗談だろう



 誠はそう思ったが、本当にその日、信次は家に帰らなかった。



 祖母と誠、それから信次の三人で夕食を食べる。

 信次は無口で何を考えているのかわからないし、祖母も食事中はあまりおしゃべりをしない。

 だから誠も会話することもなく、ただ三人で黙々と食べた。



 風呂から出ると誠の部屋にもう一組、布団が敷いてあった。


「仲良く寝るんだよ」


 祖母の声を聞きながら、誠はため息を吐いた。信次は風呂にも入らず、すでに布団の中にもぐりこんでいた。


「なんで帰らないんだ?」


 誠は布団の上に座り、独り言のように呟く。


「ま、言いたくねぇなら、別にいいけどさ」


 開け放した窓から、生温い風が吹き込んだ。かすかに漂う匂いは、潮の香りだろうか。

 あたりがあまりにも静かなせいで潮騒までが聞こえる。



 すると布団の中にもぐったまま、信次がぽつりと言った。


「なぁ、人を……殺したいほど、憎んだこと、ある?」


 誠はぼんやりと考える。



多分ないな



 そして反対に自分の命より大切なものとか、一生そばにいたいほど好きだとか、そういうのもなかった。



 面倒なことには関わらないで、今さえよければそれでよくて、そうやっていい加減に人と付き合ってきた。恐らく柚菜とも。


「あんたはあるのか?」

「俺は……ある」


 信次のくぐもった声が聞こえる。


「だけど、もう解らないんだ。誰が正しくて、誰が間違っているのか……多分みんな、この狭い町に縛られて、おかしくなってる。きっと俺も……」


 ふと、忘れかけていた沙耶香の言葉が誠の頭に浮かんだ。



――私も悪いこと、してる――




「沙耶香が付き合ってるやつってさ、誰なんだ?」


 そんなこと聞くつもりはなかったのに、誠は布団の中の信次に聞いた。しばらく黙り込んでいた信次がやがてぼそっと口を開く。


「俺の、兄貴……奥さんも子供もいる」

「マジ……」


 勢いよく布団をかぶり直して、それ以上信次は何も言わなかった。

 もそもそと自分の布団を開き、誠もその中へもぐりこむ。


 きつく目を閉じたけれど、とても眠れそうにはなかった。




鶉親方 ( 2020/04/13(月) 22:53 )