十六話
 前の晩、二人で飲んで盛り上がって、彰の『うちに泊まってく?』の言葉に軽く『うん』と言った私。


 でもなぜか二人だけであの部屋にいると妙に落ち着かなくて、何度も観たことのある映画のDVDをただダラダラと観て過ごした。



「この俳優さんって何かの映画で見たね?」

「うーん、何だっけ?」



 なんて、くだらないこと話して暇つぶしにビールを飲んだらなんだか気分よくなってきて、私は彰に寄りかかって、今思えばかなり照れくさいことを言った。



「このままずーっと一緒にいられたらいいね」



 彰は軽く笑って私の髪を撫でたが、口から出た言葉はちょっぴり残酷なものだった。



「でも絶対とは言い切れないかな」



 私は顔を上げ彰を見る。



「何それ? 浮気するかもってこと?」

「そうじゃない。・・・でも久美だってわかんないだろ? いつか心変わりすることがあるかも知れないし」



 気付けば映画のエンディングが流れていた。いつの間にか夜は更け、夜明けがもうすぐそこまで来ていた。



「人生に絶対なんて言葉はないんだよ。人の心は変わるし、これから俺や久美に何が起きるかわかんないだろ? それが運命ってもんだよ」

「彰ってそういうとこは意外とドライなのね」



 私はリモコンでテレビを消すと、彰の手を振りきり立ち上がった。



「帰ろうかな」

「え? 泊まらないの?」

「もう朝じゃん。目、冴えちゃったから帰るよ」



 部屋の外は薄明るかった。私は春の始まりの暖かな空気を思いっきり吸い込み、ゆっくりと歩き出す。やがてドアを閉める音がして、慌てた様子の彰の足音が聞こえてきた。



「怒ってる?」



 彰が私に追いつき顔を覗き込む。少し怒ってやってもいいかななんて思ったけど、必死な顔の彰を見たら、私は思わず笑ってしまった。



「怒ってないよ」

「よかった」



 彰は安心したように笑って私の手を握る。彰の温かい手のぬくもりが、私の体にじわじわと伝わってくる。



「もう夜が明けるね」

「うん」



 二人はそれだけ言って、手を繋いで並んで歩いた。






あの日の空の色、空気の匂い

そして彰の手の温かさ

私の視覚も嗅覚も触覚も

すべて忘れてない

人間にはどうして

記憶というものがあるのだろう

それがあるから

私はつらい

だけど

それがあるから

幸せにもなれるのだろう



鶉親方 ( 2020/02/20(木) 22:42 )