十三話
気持ちが悪い

胸がムカムカする


 ビールとカクテルとウイスキーをちゃんぽんしたからだろうか。私は吐きそうになるのをこらえながら、足音をひそめて家の階段を昇った。


 部屋に入るとバックを投げ捨て、ベッドに倒れこんだ。




お酒を飲んですべてを忘れられればいいのに

彰みたいに



 こんな状態でも私の頭は冴えていた。泣きたくても泣けなかった。全然かわいくない。それに比べて史帆のあの切ない表情。私が男だったら、思わず抱きしめてあげたくなるようないじらしい瞳。



史帆は彰が好きなんだ

きっと彰も




 その時、私はふと何かを感じ起き上がった。隣の家の犬がワンワンと吠えている。




「あの犬。俺が来る度にいちいち吠えるんだよなぁ」



 いつか、そう言って苦笑いした彰の顔がなぜか浮かんできた。



「彰?」



 私は立ち上がりカーテンを開く。夜明け間近の薄闇の中に彰がこっちを見上げてぼんやりと立っていた。



「彰・・・」



 私はそう呟いたきり何も言えなかった。彰も私を見つめたまま何も言わなかった。


 薄闇の中に立つ彰はどこか透明な感じがする。このまま彼の記憶と一緒に消えてなくなってしまうのではないかと、私はぼうっと考えた。


 彰は切ない目でじっと私を見つめていた。そして静かに俯きゆっくりと振り返ると、何も言わないまま夜明けの道を歩き出した。


 彰は必死に何かを思い出そうとしていた。でもきっと何も思い出せないのだろう。



いいんだよ、彰

あんたが悪いわけじゃない

もう無理しないで

私も彰のこと忘れてあげるから

 

 私は静かにカーテンを閉めた。


 あの彰が実物なのか、私が作り上げた幻影なのか、結局それすらもわからない。




人の涙って、こんなにあふれるんだ


 いつまでも止まることのない涙に、私は呆れたようにかすかに笑った。




■筆者メッセージ
数件メッセージであったのですが、前話で出てきたバーは前作のあのバーです。

一応、設定としては、前作から数年後。健人が街を去り、公志が店を引き継いで・・・という感じですね。要は同じ世界観なんです。

またお願いします。
鶉親方 ( 2020/02/15(土) 01:17 )