九話
あの日以降なんとなく、私は彰のことを避けていた。
「何やってるのお姉ちゃん? 彰くんとケンカでもした?」
よく晴れた日曜日の朝、リビングでぼんやりと座っている私に妹の好花が言った。
「別に私が何しようがあんたにはカンケーないでしょ?」
私は拗ねた様にそう言って、手近にあった新聞紙を広げた。
「あ、久美。今夜彰くん呼んだら? お鍋にしようと思ってるんだけど」
洗濯物を干し終えた母がニコニコ笑ったが、私は何も答えなかった。母が記憶をなくした彰と、そんな婚約者を持つ私に気を使ってくれているのはよくわかっていた。
すると、好花が私の目の前に腰をおろし、ポツリと言った。
「昨日さ、・・・彰くん見ちゃったんだけど」
黙ったまま私は新聞紙から顔を上げた。
「史帆さんと歩いてた」
私はぼんやりと好花を見つめ呟く。
「珍しい組み合わせだね」
「そんなのん気なこと言ってていいの? 彰くん、笑ってたんだよ?」
私の頭に史帆と彰の笑顔が浮かぶ。
「なんか楽しそうにさ。最近はうちに来たって楽しそうに笑わないくせに」
好花は少し不機嫌な顔でそう言うと、立ち上がりリビングから出て行った。
私はまたテーブルに目を落とし、パラパラと新聞をめくるも、そこに書かれた重大ニュースも、今夜のテレビ番組も、私の目には入ってこなかった。
ただ私の大好きだった彰の笑顔が浮かんでくるだけだった。