Mayerling - 2
五話
「どうかしら? ミートローフ」


 オレンジ色の灯りの下、私の母が少し不安そうに彰に尋ねた。


「美味しいです。すっごく」

「本当? よかったわ」


 母は若い娘のように頬をピンク色に染めて微笑む。


「お母さんてば、彰くんに好かれようと思って、頑張っちゃってさ。彰くんはお姉ちゃんのものなのにね」


 妹の好花がニヤニヤ笑いながら母を見て言った。


「何言ってるのよ、好花! そんなの当たり前じゃない! ああ、もう、何言ってるのよ」


 母が少しオロオロしながら冷蔵庫からビールを取り出す。父は笑顔でそれを受け取り、彰に向かって差し出した。


「彰くん、どうだ? 1杯」

「あ、どうも。いただきます」


 彰がにっこり笑って、自分のグラスを父に向けた。


 お酌をする父と、それを受ける婿となる男。母は自慢の料理を次々とテーブルに並べ、妹は遠慮しないでと彰の皿に料理をとる。


 私はぼんやりとそんな我が家の食卓を見つめる。淡い灯りの下で食事を囲む温かな家庭。彰が憧れていた、家族団欒の光景がそこにはあった。


 でも、私は感じていた。彰はこの光景に戸惑っている。笑顔ではいるが、その笑顔は本物ではない。やはり記憶が戻らないまま、この家庭に入ることは無理なのだろうか。




 帰り道、私は彰の腕を組んで歩きながらこう言った。


「無理しなくてもいいからね?」


 澄んだ真冬の夜空に白い月がぽっかりと浮かんでいる。彰はそんな月を見上げた後、寒そうに息を吐きながら私に笑いかけた。


「無理なんか、してないよ」


 バス停まで続く歩き慣れた道。この道を彰と何度一緒に歩いただろうか。



「ただ、俺のせいで式もキャンセルになっちゃったり、いろいろ心配とか迷惑かけて・・・」

「そんなの、みんな気にしてないよ?」



 私は笑って彰の顔を覗き込む。


「式なんていつだってできるしさ。私は彰の記憶が戻るまで気長にのんびり待ってるよ」

「ごめんな・・・久美」



 彰はそう言うと、また空を見上げた。

『ごめんな』

 あの事故から、何回この言葉を彰の口から聞いただろう。


 私は彰と一緒に空を見上げる。今夜の月はどこか物悲しい。私がこうやって彰と一緒にいることは、彰にとってつらいことなのかも知れない。


 私は無意識のうちに、早く私のことを思い出してとプレッシャーを与え続けているかも知れない。


「それじゃ、また・・・」


 バス通りに出る前の狭い路地で私たちは別れた。



 付き合い始めてからずっと、この場所でしてくれたおやすみのキスを、彰がしてくれることはもうなかった。



鶉親方 ( 2020/01/26(日) 16:24 )