Mayerling - 2
十話
 午後になっても何もする気がなくごろごろしていた私に彰から電話があった。



『今何してる?』

「今? 別に何もしてないよ」

『天気もいいし、どこか行かない?』


 電話の向こうの彰が言う。ぼんやりと窓の外を眺めれば、気持ちいいほどの青空に真っ白な雲が所在なさげに浮かんでいる。なんだか行き場のなくなった私みたいだ。


「うーん、今日は出る気がしなくて・・・」


 私の返事に彰は少し黙り、やがてポツリと言った。


『ごめんな・・・久美』


 私の耳に彰の声が響く。


『俺、ホントにみんな忘れちゃってて。知らないうちに久美のことも傷つけたりしてるんだろうな』

「そんなことないよ」


 そう言って私は涙を拭った。いつの間にか涙が止まらなかった。傷つけているのは、私の方ではないかと思った。


「彰、やっぱり私そっちに行っていい?」

『うん・・・いいけど』

「今から行くから。部屋で待ってて」


 私は電話を切ると、ジャケットを羽織って家を飛び出した。





 いつものバス停からバスに乗って、彰の家の近くで降りる。商店街を駆け抜け、子供たちの遊ぶ公園を横切ると、やがて見慣れたアパートが見えてくる。

 そしてその階段の1番下にぼんやりと座っている彰の姿を見つけた。



「彰!」


 私が叫ぶと彰は小さく微笑んで立ち上がった。見慣れたいつものトレーナーに少しよれたモスグリーンのジャケット。その姿は1年前と変わらない、私の好きな彰のままだった。



「久美」


 彰の胸に飛び込み顔をうずめた私に、彰は少し戸惑っているようだった。


 彰の前では泣かないと誓ったはずなのに、私は泣いていた。




鶉親方 ( 2020/02/08(土) 00:15 )