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「ごめんね......南那の気持ち考えなくてごめんね.....!」
「ううん、ウチこそ弟の悪口言ってごめん......!」
教室の中心で遠くからでも分かる程の大粒の涙を流しながら2人は抱き合った。意地の張り合いに多くの時間を費やしてしまったことを後悔するように。
真子と南那が和解したのはデートをしてから一週間後のことだった。一度は決心した真子だったが結局言い出せず、祐樹に身体を求めるついでに何度も相談していた。だが南那も全く同じ行動を歩んで『どうやって謝ればいいかな?』と相談の内容も同じだった。祐樹は別々に相談を受けていることは言わずには居たがお互いの気持ちを知っている分、和解の展開に促しやすかった。
そして今日に至る。真子には『南那を呼んでくる』と教室に待たせ、南那には『真子を呼んでおいたよ』と伝えた。南那は教室に向かう際に考えに考えた謝罪の言葉を何回も口に出して確認していた。おそらく真子も同じだっただろう。教室に着き2人は久しぶりにお互いの姿を見た。すると謝罪の言葉を発する前に涙が溢れ2人は走ってお互いの胸に飛び込んだ。結果的に、あれだけ考えた謝罪の言葉は使わず自分の言葉で謝っていた。
その後、真子と南那は手を繋ぎながらお礼を言いに来た。目が真っ赤になり腫れ上がっていたが本物の笑顔だった。
また2人は喧嘩するのだろうか。そうなればまた助けてあげたい。2人が成長するチャンスなのだから。そう考え誰もいなくなった真子と南那の教室で物思いに更けた。
「先生」
「ん? ああ、優奈さん」
教室の入り口に居たのは2人のもう1人の友達の優奈だった。そういえば今回の出来事は優奈の友達を思う気持ちから始まったことを思い出した。
「あいつらのことホントありがとな」
「ううん、優奈さんが2人を気遣ってくれたから仲良くなれたんだよ」
「私は何もしてないってば。先生が居なきゃどうなってたことか......」
「そんなことないよ。優奈さんも大変だと思うけど2人のことしっかり見ててね」
「うん。ねぇ、先生」
優奈は俯き指と指を絡める。
「先生にお礼したいんだけどさ」
「お礼? そんないいよ」
「いいからいいから! 座って」
祐樹は手で制したが優奈に身体を押され、椅子に座った。見たところ優奈は何も持ち合わせていないようだが何処かに用意してあるのだろうか。
「目を瞑って」
「分かった。でもイタズラしないでよ」
「しないっての」
祐樹は目を瞑り、何かに備える。このシチュエーションは前にも経験したような気がしていた。広い広い世界に自分達しか居ないように感じたり、時間が止まるような感覚。その時は空気が乾燥していてひんやりしていた。
そうだ。遥香にキスをされた時だ。こんな風に自分の唇に柔らかい感触が......
瞑った目を開けると目の前に白く柔らかそうな優奈の顔があった。自分の唇に触れているのは紛れもなく優奈の唇だ。優奈も目を瞑っており唇は少し震えていた。人肌の温もりでしっとりしている。
時間にして数秒だろうか。優奈はゆっくり顔を離す。顔が赤くなっていて目線が合わない。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいんだから」
「ああ、ごめん......」
「玲奈先輩にね、どんなお礼がいいか聞いてみたんだ。そしたら『キスしたことないならファーストキスあげたら?』って言われたんだ」
なんと、自分は随分重大なものをもらってしまったようだ。祐樹は思わず自分の唇を触った。優奈の初めてのキス。少しだけミルクのような甘い味がする気がした。
「良かったの? 初めてが僕で......」
「......うん。あんまり言えないけど、私だって、先生のこと好きなんだぞ......」
どんどん消え入るような声、そして優奈の顔は紅潮していった。一世一代の告白なのだ。恋愛をしたことない少女からの恋心は必ず受け入れると祐樹は決めている。祐樹は立ち上がると優奈の両手を握る。体温が上がっているのかカイロの様に温かい。
「嬉しいな。でもいいの? 俺は優奈だけのものじゃないよ」
「良いよ。火鍋先輩とかカミソリゾンビみたいに仲間に入れてほしいの......私も先生に愛されたい」
優奈は祐樹の胸に顔を埋める。とても暑くそして震えていた。こうやって異性に身を委ねるのも初めてなのだろう。優奈はこれから初めてのことを自分のもとでこなして行くことになる。出来るだけ愛情を注いで優しくしてあげたい。ゆっくりと自分の色に染める。まだ純粋な優奈を抱きしめながら祐樹はそう思った。