10
列はゆっくりとだが前に進んでいた。その間にも真子はアイドルトークが止まらなかった。数日間話し相手が居なくてストレスが溜まっていたのかもしれない。
「ミクりんもアイドル好きだからアイドルの話とか良いと思うよ」
「そうなんだ。でも俺アイドル詳しくないしな」
「あーじゃあ私が先生紹介するよ。そうすれば私の話題も出来るし。まず初めましてだからちゃんと挨拶してね」
最低限のマナーなのだろう。それは握手会でも同じらしい。真子は中田ミクの握手に何度も行ってる為に覚えてもらっているという。同年代ということもあって歓迎されやすいとか。
アイドルの中田ミクが見える範囲まで列が進んだ。遠目ではあるがそこに居る少女が一際輝いて見える。テレビで見たり雑誌で見たりするのとは大違いだと感じた。あれは天使かもしれない。
「ミクりん可愛いでしょ。しかも神対応なんだよ」
「やっぱりアイドルって可愛いな......」
まるで自分の友達のように真子が自慢げに言った。見とれているといつの間にか真子の番が来ていた。
中田ミクが前のファンに別れを告げ手を振り真子の方を向く。すると彼女が表情がパッと明るくなり手を振った。『真子ちゃん!』と呼びかけるとそこに真子が小走りで駆け寄ると手をギュッと掴みブラブラと振った。
まるで久しぶりに幼馴染に会ったような雰囲気だ。2人はとても楽しそうに話している。ただ会話の内容は上手く聞き取れない。
時折中田ミクがチラチラと自分の方を確認している。真子が紹介してくれると言ってたが面白おかしくはやめてほしい。初対面のアイドルに悪い印象を持たれたくない。揶揄い好きの真子のことだ、変態教師やらセクハラ教師ということを吹き込んでいるかもしれない。
2人は終始楽しそうだった。中田ミクも真子のことを本当の友達のように思っているように感じる。近くにいる係員が退場を促し、真子は笑顔で手を振っていた。
「ミクりんまたねー!!」
「うん! 待ってるよー!」
段々緊張が増してきた。これが『ヲタク』の気持ちなのだろうか。
レーンに促されゆっくり入ると中田ミクが不思議な顔で見つめてきた。自分の顔に何かついているのだろうか?それとも容姿や身なりが彼女の好みじゃなかったのだろうか。
「あ、あの、初めまして......」
自分は女子高の教師で恋人もセフレも居るというのにミクの顔を直視出来なかった。差し出された手をキュッと握る。ミクの手は小さく、少し湿っていた。意を決してミクの顔を見る。そこには二つの大きな目が勇気を捉えていた。
「ねぇ、あなたが真子ちゃんの彼氏?」
ミクは手をギュッと握り返し顔を近づけてきた。その姿に勇気は心を撃ち抜かれたような気分になった