06
真子の唇に触れた。笑顔が無い真子に祐樹は心が痛かった。屈託の無い満面の笑みが彼女の特徴である。それが出来ないということはそれだけ傷付き落ち込んでいるということだ。自分も真子の笑顔が好き。なんとか助けたい。
祐樹はふと机の上にある真子のカバンを見る。カバンには幾つものキーホルダーがぶら下がっていた。南那も何個か同じものをつけていたことを思い出した。やはり真子の心には南那が残っている。南那の心にも真子が残っていてほしいが......
ジャラジャラとキーホルダーを見ていると、人の写真がプリントされたモノを何個か見つけた。それは祐樹自身も見たことがある人物だった。
「あっ、これみくりんじゃん」
「えっ知ってるの?」
今まで全く反応を見せなかった真子が勢い良く祐樹を見た。
「うん。小っちゃい子でしょ? 応援してるから知ってるよ」
「マジ! 先生AGBヲタなの」
「オタクってほどじゃないけど。真子は好きなの?」
「うん。昔から握手会行ったり、ライブ行ったりしてる」
周りにAGBファンが居なかった真子は仲間を見つけたように嬉しくなった。
AGBは国民的アイドルグループで人数は100人程に登る。「会いに行けるアイドル」がコンセプトで定期的に握手会も開催されていた。真子が好きな「みくりん」こと中田ミクはとても小柄で愛嬌があるアイドル。だが全国的な知名度はまだ低く一般人にはまだまだ無名の存在だった。
「ねえ先生。今度の日曜日に握手会有るから一緒に行こうよ!」
真子はカバンをゴソゴソと漁ると握手券を取り出した。目の前に差し出されたのは最近発売されたシングルCDに付いていた握手券だった。キラキラと光に反射し輝いている。
「今度の日曜は一応空いてる」
「よっしゃっ、じゃあ一緒に......」
「でも南那と一緒に行ったら?」
真子が言い終える前に言葉を挟むと、さっきまで明るかった笑顔が一気に曇った。
「仲直りする為に丁度いいと思うよ?」
「......あいつの話すんなよ」
不機嫌になった真子は椅子に座り直しスマホを持った。おそらくこのまま真子に委ねても何もしないだろう。
「俺が南那と話してみるよ。それで南那がオッケーしたら真子も行くこと。いいね?」
真子はスマホを見て再び祐樹を無視し始めた。それでも本人も前向きになってる筈と祐樹は思った
「断られたら俺が行くよ。じゃあもうそろそろ授業だから」
もう直ぐ一時限目が始まる。授業の準備があった祐樹は立ち上がり握手券を握ったまま教室を出ようとする。
「......先生っ」
祐樹はパッと振り向く。真子は相変わらず座って明後日の方向を向いたままだった。
「......南那ってわがままだから気をつけてね」
あいつ呼ばわりだったが今日初めて真子は『南那』と名前で呼んだ。
「うん。分かったよ」
祐樹は笑顔を見せる。真子は少しだけ成長していた