03
祐樹は美音を膝から降ろすと、立ち上がって優奈を見た。
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「大変なんだよ! カミソリとゾンビが喧嘩してるんだ!」
「真子さんと南那さんが?」
小畑優奈は真子と南那と1年生の時から仲が良く、3人で行動するときも多かった。真子と南那それぞれから互いの愚痴を聞かされるのもしばしば。
「あいつらの喧嘩なんて日常茶飯事じゃない? ほっとけば?」
話を聞いていた玲奈が興味なさそうに言った。確かに2人の痴話喧嘩は良くある事。喧嘩しても、時間が経てば仲良くなっている
「そうなんだけど、今回はヤバイんだよ!! ドガーンガシャーンみたいな感じでさ! 2人とも取っ組み合いで喧嘩してるし」
「殴り合ってるんですか?」
「まだそこまで行ってないけど今にもなりそうだよ」
「そこまでするって、2人に一体何があったの?」
「それは後で話すよ! とにかく止めてくれ!」
小柄な身体の優奈が事の重大さを表現するために腕を精一杯伸ばす。祐樹にとっても可愛い生徒が殴り合う姿はもう見たくない。事態を飲み込んだ祐樹は頷いた
「分かりました。とりあえず皆んなも来て」
「はぁ。めんどいけど先生の頼みなら仕方ないか」
美音が気だるそうにプリントを置く。他の火鍋のメンバーも立ち上がり駈け出す優奈の後を付いて行った。
真子と南那が拠点としている教室がある1階へ続く階段を降りる。すると遠くから『ガシャン!』と物が倒れる音が聞こえた。状況は思ったより深刻そうだ。
教室が近くなると、2人の怒鳴りあう声がはっきりと聞こえてきた。
「わがまま! ガキ! たぬき!!」
「はぁ!!? お前の方がタヌキじゃねえか!」
祐樹が見た光景は机が散乱してる教室でお互いの胸ぐらを掴んで罵倒し合ってる2人だった。優奈の言う通りこれはやばいと思った祐樹は、チーム火鍋に二人を止めるように指示する。祐樹が真ん中で組み合ってる腕を解くと、優奈を加え均等に分かれた朱里達が羽交い締めにして引き離した。
「おい! カミソリ落ち着け!」
「ゾンビも離れろ!」
「うるせえ! 離せ! 離せ!」
3人がかりで押さえても南那は真子に殴りかかろうとしている。真子も同様だった。
このままじゃ収まりが付かないだろう。問題解決より、とりあえず2人を別の場所に移すのが先だった
「朱里、南那を教室から出して! そんでなるべく遠くに!」
「分かった!」
暴れる南那を羽交い締めにしている朱里、美音、奈月は必死に教室から引っ張り出そうとする。さすがに3人の力には敵わないのか南那はズルズル引きずられて行った。
「この分からずや! 南那なんか大っ嫌い! もう絶交だ!」
「こっちだって約束守らない奴なんて絶交だよ!! うがあああ!」
引っ張られながら捨て台詞を吐いた南那を朱里達はやっとの事で教室から出すとそのまま廊下を引きずられていく。大声が聞こえなくなることを確認すると、優奈達に真子の解放を促す。祐樹は一つため息をついた。
「真子さん、南那さんと何があったんですか?」
「別に。なんにもねえよ」
真子は祐樹から目線を逸らした。すると真子の左頬が赤く腫れているのに気付いた。祐樹はその部分を撫でるようにに触れる。
「これのどこが何も無いの? 南那さんに叩かれたの?」
「.....こんなの大したこと無いし」
真子は左頬を手で隠した。いつもの明るい笑顔が見えず、悲しい表情をする姿に祐樹は心が痛んだ