03
仕事を終わり映画のパンフレットを手に入れた李奈はそのままマジ女へと向かった。いつも18時に退勤する。この時間帯であれば、自分の仲間達はまだ音楽室でたむろしてるはずだ。薄暗くなった夜道を小走りで走っていく。映画の上映まで楽しみだったが李奈には不安要素が残っていた。
校内を訪れるのは1ヶ月ぶりだった。仕事が忙しく、卒業してからマジ女を訪れるのはひと月に1回程度。ただラッパッパのメンバーが亜粗美奈へ訪れたりLINEで連絡はそれなりにとっている。階段を登り、廊下の一番奥の部屋にたどり着き扉を開けた。
「誰か居るかー」
ゆっくり扉を開けるとそこには見慣れた顔が3つもあった。その顔は李奈の方を同時に向いた。
「おう。バカモノやないか。どうしたんやこんな時間に」
由依は優しい笑みを浮かべた。李奈がこの時間に訪れるのは珍しいことだった。
「あのさ相談したいことがあって」
「何? 馬鹿すぎてみなみさんとこクビになったとか?」
ソファーに座り足を組みながらスマホをいじるゆりあが横から茶茶を入れた。
「おい、ゆりあ。縁起でもないことを言うな」
そんなゆりあを咎めたのは杏奈だ。杏奈は李奈と同じくマジ女の卒業生だが卒業後もマジ女に残っている。
「冗談だってば」
ケラケラと笑うゆりあ。
「で、相談って何や?」
「うん。これなんだけどな。誰か一緒に見に行けないかなって」
李奈は由依にパンフレットを渡した。
「映画か。こういうのはマジックの方がええんやないか?」
「ん? 何〜」
パンフレットはゆりあへと手渡された。その流れで李奈は隣に座った。
「何これ? ガキが見る映画じゃん! 19歳が見る映画じゃないじゃん」
「マジック一緒に行こうよ。お前暇だろ」
「嫌だよ! ガキと一緒にガキが見る映画なんか観れるか!」
「行こうよ〜マジック〜」
頬を膨らましゆりあに対し駄々をこねた。李奈の相手というのはほぼお守りと変わらない。自由奔放な為ずっと手を繋いでないといけない。
「大体映画館くらい1人で行けるだろ」
「それがさ。そういうわけにも行かないんだよ。ほら」
李奈はパンフレットの下部を指差す。そこの部分をじっと見ると見慣れぬ映画館名が載っていた。
「あっこれ新しく出来たとこね」
「そうなんだ。だからどこにあるか分かんなくて」
人気のアニメ映画の為か初日の上映は最近新しく出来た映画館のみでの放映だった。それに初日上映は特典として記念グッズがもらえるという。
一度行ったところであれば李奈でもなんとかいけるが、行ったことの無い場所はどうやっても辿り着けないのが李奈なのだ。
「初日上映じゃないとあかんのか?」
「うん。この日にみなみさんから休みもらったんだ。あとグッズ欲しいし......」
「おたべ行ってやれよ」
「本当はそうしたいんやけど、予定が入っててんよ。ヨガは?」
作業をしていた杏奈は振り向き、ゆっくりと3人に近寄った。ゆりあが手渡したパンフレットをじっと見つめる。
「言っとくが私も相当の方向音痴なのを忘れてないか?」
「でもバカモノよりマシやろ?」
「ダメだよ。杏奈は私が居ないと」
杏奈が出不精なのは理由がある。元々インドアというのもあるが生まれ持った方向音痴の為、新しい場所に1人で行けないのだ。それを見かねたゆりあが杏奈を引っ張り出し色んな所へ連れ出すようになったおかげで杏奈は行動範囲が広がったのだ。
「なぁなんとかならないか?」
李奈は足をバタバタさせた。全員で考えを巡らせると由依が『あっ』と声を出し杏奈の方が向いた
「そうや。あんたんとこの旦那はどうや?」
「確かに! 祐樹ならなんとかしてくれそう」
杏奈は言われたことを理解すると、途端に顔に熱を帯びてきた。いつもの冷静さがなくなり目線が行ったり来たりしてしまう
「だ、旦那って。私はまだ結婚した訳じゃないし、結婚するのは朱里の方だ」
「でも似たようなもんやろ? ずっと傍に居ることを決めたわけやから」
「ま、肝心の旦那は女ったらしだけどねー」
「ゆりあまで......まぁいい。とりあえずあいつに相談してみるよ。バカモノもそれでいいか?」
「うん! 優しい斉藤だったら全然いいぞ!」
表情が暗かった李奈はパッと明るくなる。唯一接点がある異性は祐樹で李奈自体も特別な感情を抱いていた。
こういう時頼れるのは祐樹しか居ない。それはもはや共通の認識だった。