02
誰も居なくなった店内で李奈はグッと背伸びをする。頭に被っていた頭巾を取ると席にドカッと座った。
「うあー! 疲れたー!」
営業時間はまだ続いているものの昼時を過ぎ、客足はパッタリと止まったのだ。戦ってるわけじゃないが、昼時は毎日戦争状態だ。それを過ぎれば平穏な時間が訪れる。再び客が増える夜までしばしの休憩だ。
「お疲れい」
皿洗いを終えたみなみが首をコキコキと回しながら厨房から出てきて李奈の向かいに座った。
「みなみさんお疲れっす......」
「おう。そいやお前が働き始めて半年くらいか。少しは慣れたか?」
「いやぁ、相変わらず覚えらんなくて。大変っすよ」
李奈は机に突っ伏した。毎度、戦争時には使いすぎて熱くなったケータイのように脳みそが沸騰している気がしていた。
「そうか。でも良くやってると思うぞ。お前が来てくれたおかげでこっちも助かってるからな」
尊敬する先輩に褒められ、李奈は思わずニヤニヤしてしまった。褒められるのは素直に嬉しい。コップに入った水を照れていることを隠すように飲む。
みなみ自身も李奈の働きぶりは目を見張るものがあった。『バカモノ』という名の通り、メニューや物覚えは悪かったもののそれを補うだけの気合があった。しばらくは自分がサポートしながらになるだろうと思っていたがそれは杞憂に終わる。李奈はあっという間に1人で仕事をこなしていた。
「あっ......映画やるんだよなぁ」
「映画? ああ、あれか」
李奈の目線の先にはテレビが置いてあった。テレビは店内どこからでも見えるように隅っこの高い位置に置かれていた。ただ、どうやってもみなみの身長では届かない位置にある為どうやって置いたのだろうと李奈はいつも不思議に思っていた。
「もう直ぐ上映されるんですよー」
テレビでは告知映像が流れており、アニメキャラクターがワイワイ騒いでるように見えた。みなみが子供の頃から放送されていたアニメだが今でも子供達からは不動の人気を得ていた。今年で19歳になる李奈はこのアニメが好きだった。李奈は画面をじっと見ている。その目は少し寂しそうだ。
「見に行ってこいよ」
「え? でも仕事あるし......」
「バーカ。休み取ってやるって言ってんの」
「いやいやいやっ、ウチはそんな贅沢なこと」
働かせてもらえることだけでも感謝している。その上、突然の休みなんて我儘に程がある。李奈は立ち上がり首を振った。働き始めてからはほぼ働きづめだった。それは李奈の希望だったし、休みたいなんて思わなかった。
「あのなー後輩を休ませない程、やべえ先輩じゃないつーの。これからは週一くらいで休み取らせようと思ってたからさ」
「......良いんすか?」
「若いんだから遊ばねえとな。お前も休み欲しい日あったら遠慮なく言ってくれよ」
みなみは腕を組みドンと構えた。ふんと鼻息を鳴らし貫禄を見せつける。
「ありがとうございます!! やった映画観れる!」
深く頭を下げた後、喜びでピョンピョン跳ねる李奈。
『自分に子供ができたらこんな気持ちなのかな』みなみはそう思った