01
「おーいバカモノ! これ持ってけー!」
「はーい!!」
みなみが厨房から大声で李奈のことを呼ぶ。小走りで狭い店内を走るとカウンターに鎮座されたお盆にのったラーメン定食を持ち上げた。急いでテーブルに持って行こうしたが、ほとんど満席の店内でどの客が注文したのか忘れてしまった。
「あ、あれどこのテーブルだっけ......」
サラリーマンが2人1組で居るテーブルの気もすれば1人でカウンターに座っている年配の男性の注文だった気もする。そう思った途端どこのテーブルもそんな風に思えてしまった。多分このまま考えていても思い出せない、と思った李奈はいつもの手を使うことにした
「すいませーん! ラーメン定食注文した人〜!」
すると、奥に座っていた2人1組のサラリーマンの1人が李奈の方を向き手を振った。『助かった』と思った李奈は急いで定食を置きに行く。
みなみが経営する『亜粗美菜』はランチタイムには人息つく暇も無い程忙しい。ひっきりなしに客が入り、次から次へと入る注文。李奈は料理が出来ない為にホールを任せられていた。あまりにも忙しい上、元々物覚えが悪いこともあってかどこのテーブルの注文か忘れてしまうこともしょっちゅうだった。
それでも店の常連の客はそんな李奈を微笑ましく思っている部分もあり、どこのテーブルの注文か忘れてしまった時は手を振って李奈に教えたりサポートすることもしばしば。元々小柄で小動物のような顔をしている李奈が働き始めてから客が増えていた。
「次はB定食〜!」
「はぁーい!」
ラーメン定食を目的地に置いた李奈は急いでカウンターに戻る。今度はどこの注文か覚えていた為に素早く運ぶことが出来た。
今でこそみなみは料理に集中しているが、李奈が働く前は運ぶのもみなみがやっていたことになる。この忙しい中これをたった1人でこなしていたかと思うと、李奈はみなみへの尊敬が増していた。
自分自身、体力には自信があったもののランチタイムが過ぎる頃にはヘトヘトになっていた。それでも祐樹が自分の為に見つけてくれた仕事、こんな馬鹿な自分を受け入れてくれたみなみに感謝しながら毎日やりがいを感じていた。
「B定食お待たせしましたー!」
「......あの、頼んだのA定食なんですけど」
「あれ? そうだっけ......」
目を丸くする若い男性客、李奈も頭をグルグル巡らせた。
「リナちゃん、それこっちこっち!」
名前を呼ぶ声に振り向くとそこには年配の女性が手招きをしていた。あっちだったか.....そう思った李奈はテーブルに置いた料理を持ち上げた
「あはは。すいませんでした」
「い、いえ。お仕事頑張ってください」
ニッと笑顔を見せる李奈。通り過ぎていく姿を男性客は思わず目で追った。何故か寂しい気分になっていた。その笑顔は男性を虜にさせてしまう何かがあるようだった