第七章/朱里
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「朱里じゃダメ? みんなには秘密にするからさ」

 祐樹に思いを伝えてしまったということは、もう後戻りは出来ないということだ。実らなければ地獄のような思いをしながら新しい学校での生活を送らなければならない。祐樹との関係もギクシャクするだろう。だからこそ今まで言うことを躊躇っていた。

「恋人になったらさ、お互いの良さもきっと分かるよ! ね?」

 断られるのが怖かった。その迫ってくる恐怖によりどうしても強引になってしまう。胸がとても苦しかった。天国か地獄か自分の行き先はその2つに1つだ。

「いや、その......」

 朱里の気持ちの大きさに押されている自分が居る。そんな簡単に答えは出せない。だが彼女は答えを待っていた。
 
 祐樹の驚いている表情が一層不安にさせた。そうだ祐樹には好きな人が居るんだ。もしかしたら美音のことかもしれないし、他に付き合ってる人が居るかもしれない。自分以外に祐樹を想ってる人だって沢山いるのだろう。

「じゃ、じゃあ、朱里にキスしていいよ。朱里の初めてのキスあげる。だから好きになって」

 

 勢いで初めてをあげてもきっと後悔しない。それに自分の唇一つで気持ちが変わってくれるのならば安いものだった。朱里は祐樹に近づき目を瞑ろうとした。すると、頬に冷たい感触が伝わり思わず身体がピクッと反応する。
 祐樹の手が自分の頬を包んでいた。


「ダメだよ、朱里さん。自分の身体をそんな簡単に許したら。心配なんでしょ? これから関係が壊れてしまうかもって」

「......うん」

「大丈夫。恋人にはなれないけど朱里さんとの関係はずっと変わらないです。約束します」

 痛い程伝わって来る朱里の気持ち。無下には出来なかった。朱里のことは好きだ。もしかしたら杏奈が居なければ朱里が恋人だったかもしれない。だが、自分には杏奈が居る。杏奈は『恋人は作ってもいい』とも言っていたが2人に同じ愛情を注げる自信が無かった。なのに朱里を手放したくない自分も存在していた。

「朱里さん。今日は本当に楽しかったよ。また朱里さんとこうやって遊びたいから転校した後もたまに会って思い出作ろうよ。社交辞令なんかじゃないよ」

「......」

 しっとりとした肌の感触を惜しみながら手を離そうとする。朱里は俯いたままだ。朱里は一世一代程の気持ちで行った告白に失敗したことになる。苦しかった。本当は受け止めてあげたかった。


「......やだ」

 離した手を朱里は掴んだ。朱里の手もまた冷たかった。

「......やだ、やだ」

「朱里、さん?」

 小さく震えた声、掴まれた手がゆっくりと朱里に誘導される。そして朱里は祐樹の手を胸に押し付けたのだ。まさかの行動に祐樹は驚く。
朱里は断られたらここまですると決めていた。これでもダメだったら最終的に身体を捧げる覚悟でいる。それでも成就しなかったら自分は自殺を図るかもしれない。

「ちょ、ちょっと......朱里さん!」

「お願い、先生の恋人になりたい......お願い」

 思いがけない行動に手が硬直してしまい動けなかった。手の平にはまん丸とした柔らかな感触、タプンと重さが伝わっている。朱里は思ったより豊満な乳房を持っていた。このまま揉みしだいてしまいそうな気持ちをグッとこらえ、気持ちを正した。


「朱里!!!」

 祐樹は大声で名前を叫んだ。朱里は驚く。自分が今何をしているかが分かると、パッと手を離した。自分は祐樹を独占したい欲望に駆られとんでもないことをしてしまったようだ。恥ずかしさ顔が真っ赤になり、今すぐにでもここから飛び降りたい。だが2人が乗ったゴンドラはまだ高い位置にいる。逃げるように離れようとする朱里の腕を掴んだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい......」

 怯えているような声。小さい声だが悲痛の叫びに聞こえた

「朱里さん、そんなに僕のことを......」

「......ごめんなさい。ずっとずっと好きだったから......先生がこんなヤンキーに優しくするからいけないんだよ。苦しい気持ちになりたくなくて、どーせ朱里なんか無理って分かってたけど先生を失いたくなかったんだ......」

「もしかしたら、今日のデートもこれが目的だったの?」

「ううん、最初はホントに思い出作りだった。でも先生と遊ぶ内に、先生と離れたくないって思ったんだ。転校した後にでも告白すればいいかなって思ってたけど、それは逃げてるの同じだって今じゃなきゃだめだって。先生取られちゃうって......」

 朱里の強い思い、また自分はそんな思いを軽く考えていた。優しくすることが全て正解ではない。突き放すこともしなければいけない。だが見捨てることなんて自分には出来なかった。その中途半端な優しさが朱里を傷つけてしまった。

「でも失敗しちゃった......先生に嫌われちゃった」

 全部自分が悪いんだ。独り占めしようとした罰だ。自分の不甲斐なさに瞳からは涙が流れる。

「......そんなことない」

「優しくしないでよ......! 今だけ優しくされても後で傷つくだけだもん」

 時間にして数十秒かまたは数分か、沈黙が続いた。静かなゴンドラの中には朱里が鼻をすする音だけが響く。


「じゃあ、ずっと優しくするよ。だからもう泣かないで」

「......このままの関係って言いたいんでしょ?」

「違う。それだと、朱里さんを傷つけてしまうだろ」

「どういうこと?」

 朱里は祐樹の方を向いた。朱里の目は真っ赤になって、涙で顔はぐしゃぐしゃになっていた。

「火鍋の皆さんがゆりあさんと戦って大怪我を負ってしまった時、僕は朱里さん達を守るって決めたんだ。なのに、また朱里さんを傷つけてしまうなんて......自分の中途半端なところはもう捨てなきゃいけない。だからね朱里さんの告白、全部受け止めるよ。だからもう泣かせない。朱里さんの涙は見たくないよ」

「え......! それって」

 祐樹は笑顔を見せる。その優しい笑顔を見た朱里の冷たかった心の中に温かいものが広がっていくのを感じた。

「これからよろしくお願いしますね、朱里さん」

「......うん!」

 観覧車に乗ってそれほど時間は経っていないはずなのに久しぶりに見たような気がした朱里の笑顔。この笑顔を崩してはいけない。祐樹は決心した、朱里にも杏奈と同じくらいの愛情を注ぐことを。それが自分なりの本当の優しさ。傷つくのは自分だけで充分だ。


■筆者メッセージ
やっぱり祐樹は朱里を受け入れてしまいました。
こういう展開になるんですね。

AKBにインフルが流行ってますね。紅白選抜になっても体調不良になってしまったら悔やんでも悔やみきれませんから、紅白まで耐えて欲しいですね
ハリー ( 2016/12/24(土) 22:22 )