第七章/朱里
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 授業が無い時間は職員室に籠り、パソコンやハローワークの雑誌で仕事を探すものの、これと言ったものは見つからなかった。就職の準備というのはもっと早くからするものだが、元々卒業をする意思がなかった彼女達に言っても仕方ない。
何しろ、マジ女は有名なヤンキー学校。3年生の教師に相談しても『受け入れてくれる所なんて無いよ』の一点張りだった。やはり自分が考えないといけないようだ。

 まず李奈にデスクワークは不可能だろう。だからと言って彩希のようなコンビニのレジ打ちも難しいかもしれない。短気な李奈は客からクレームを受けた日にはその客をぶん殴るのではないだろうか。容易に想像出来る。やはり力仕事か。その前にまず彼女は人の下に付けるのか?
だがそんなことばかり心配していては何も見つからない。李奈にその気があればどんな仕事だってこなせるはずだ。ハングリー精神だけは誰よりもある。それに期待しよう。祐樹は雑誌を机に置くと丸まった背中をウンと伸ばした。


「おい」

 急にヒヤッと背筋が震えた。人の気配を感じ勢い良く振り向くとそこには勉強道具を抱え、無表情の杏奈が立っていた。

「うわっ! 杏奈さん......もう気配を消さないでくださいよ」

「お前が気配に気づかないのが悪い。ほら、採点を頼む」

 心臓を手で抑えている祐樹に杏奈はプリントを数枚手渡す。これは祐樹が作った社会科の問題が載ったプリントだった。卒業の為に勉強に日々励んでいる杏奈はラッパッパの溜まり場の音楽室で勉強しているらしい。

「どうですか? 一日中授業を受ける気分は」

「そうだな。今までは受け流していたことも、聞き漏らさずにしなければならないからな。1時間も受けると頭の容量が満杯になって破裂しそうになるよ」

 首を押さえコキコキと音を鳴らした杏奈。ここ数日、気を張っていたせいで肩こりになった。祐樹は話を聞きながら赤ボールペンを走らせる。

「ちゃんと頑張ってるみたいですね。偉いですね」

「うん。祐樹の為......って思うと頑張れるんだ」

「お、杏奈のデレの部分だ」

 いつものような命令口調ではなく、こそっと小さな声を出した。二人きりで居る時だけ杏奈はたまにフランクな喋り方をするようになった。それでも杏奈自身は恥ずかしいらしく、杏奈なりの祐樹に対する精一杯の愛情表現らしい。

「もう。バカにするな。そういえばバカといえばバカモノの職探しはどうなった?」

「そうですねぇ。正直、難航してます。受け入れてくれる所が少ないですから、もちろん最終的には李奈さんのやる気次第ですけど」

「そうか。バカモノがな最近ずっと弱気なんだ。不安でしょうがないらしい」

 いつもなら子供のように無邪気な李奈だが、ここ最近はずっとその天真爛漫な姿が見受けられない。元々小柄な李奈の背中が一段と小さく見えていた。

「しょうがないですよ。心構えもままならないのに急に外の世界に放り出されるんですからね。ずっとそばに居てあげてください」

「分かっている。私もだがゆりあやおたべも付きっきりだ。そうでもしないと、またお前が手を出すかもしれないからな」

 確かに李奈はリスのような小動物を連想させる可愛らしい顔立ちだ。中学生のように小柄な身体、行為に及んだ際の背徳感から生まれる興奮は刺激が強そうだ。そんなことを妄想し、赤ボールペンを走らせていた手がピタッと止まったが勘付かれないようにすぐ動かし始めた。

「まさか。杏奈さんという存在が居るのに、手を出したりしませんよ。はい採点終わりました」

「どうだか」

 疑念の眼差しを向けた杏奈に誤魔化すようにプリントを返す。返したプリントを杏奈は眺めた。正答率が毎回上がっていることが実感出来るのはやはり嬉しい。思わず笑みがこぼれる。

「真面目にやってるだけあります。このまま努力を続ければ卒業できますね」

「きっと、祐樹の教え方が上手なんだよ」

「そんなことないです。杏奈が頑張ってるからだよ」

 柔らかな笑みを祐樹に対して見せる。青春を楽しんでいる杏奈。この笑顔が見れるのも自分だけの特権だと思うと尚更愛しく思えた。

 その時ガラガラと職員室の扉が開いた音がした。その音に祐樹は振り向くとそこには朱里が立っていた。祐樹を見つけ近づこうとしたが杏奈が立っていることに気づき躊躇う。

「朱里さん?」

「あ......取り込み中、です、か?」

「大丈夫だ。私の用は終わっている。じゃあな」

 スタスタと朱里の横を杏奈は通り過ぎる。それを目で追い、見えなくなるのを確認した朱里は恐る恐る祐樹に近付いた。

「先生ってヨガとも仲良いんだな......」

「まぁ、最近勉強を教えてるんです。それで話すようになって」

 朱里にとっては異様な光景なのだろう。恐怖でしかないあのラッパッパと自然と打ち解けられているのだから。

「それでどうしたんですか?」

「あ、うん。先生に伝えたいことがあってさ」

「伝えたいこと?」

「うん......」

 朱里はうつむきもどかしそうに口をゴモゴモさせている。数十秒の沈黙後、朱里はゆっくりと口を開いた
 

 





■筆者メッセージ
おっ朱里ちゃん登場です。相変わらずまん丸で愛でたい。

RYOさん
あーのー子でーす
オレンジさん
妄想ストーリーですからウハウハです。何事も上手くいきます笑
自分は一度ヒロインにしたメンバーは書きません。ということは…
その4人が一緒って珍しいですよね。
ハリー ( 2016/12/03(土) 23:02 )