01
外は凍える寒さ。師走の月に入ると同時に校内には暖房器具が設置される。石油ストーブが焚かれた教室内は徐々に気温が上がっていった。授業中はチーム火鍋の面々が集まってはストーブに手をかざし、暖を取っていた。小柄な彼女たちが寒い寒いと言いながら身を寄せ合う姿は子猫のようで微笑ましい。そんな子供達に祐樹は日中囲まれていたが、放課後は大人びた子供達に囲まれる。
祐樹は机にある内申表を眺める。そこには出席日数や筆記テストの点数が載っていた。
「なぁ! なんとかなんねえのかよ、内藤!」
「そんなこと言われましてもねえ......後、僕は斉藤です。いい加減覚えてくださいよ」
面談のように向かい合った席の向かいに座っている川栄李奈は相変わらず名前を惜しいところで間違う。わざと間違ってるわけではないのだろうが、覚える気はないのだろう。
「ウチとしても悩ましいところなんや。ヨガが卒業する上にバカモノまで居なくなったら、四天王が二人も欠けることになる。やっぱりスカウトするしかないんかなぁ」
小動物のような李奈の頭を二、三度撫で難しい顔をするのは横山由依だ。その姿は子をなだめる母のようだ。
「でもさぁ、私たちよりむちゃくちゃ強いってやついないじゃん。それに今は祐樹のおかげで大人しい子が増えちゃったし」
「ほんまやわ」
祐樹の右隣でべったりくっついているゆりあの意見に由依は賛同し、ため息をつく。
「こら、ゆりあ。あまりくっつくな」
「あ、ごめーん」
ゆりあは小悪魔のような笑みを浮かべる。妬きもち妬いたのは杏奈だ。杏奈は向かい合っている机に正面からもう一つ机を付けて教科書やノートを開いている。
杏奈の補修ついでに行ったのは李奈との相談だ。今日の放課後、定期的に行ってる杏奈との補修の時間だったが、今回は島崎遥香を除いたラッパッパのメンバーが揃って祐樹の前に現れた。最初は何事かと驚いたが、折り入っての相談という由依の言葉で面談を始めた。
相談の内容は李奈の卒業についてだった。卒業をしたいというわけではない。むしろ逆だった。
『卒業を取り下げてほしい』
事の発端は少し前、もう直ぐ冬休み期間に入るため生徒全員に成績表が配られた。その表を見て李奈は驚愕する。自分自身が卒業課程をクリアしていたからだ。もともと、ラッパッパは全員留年するつもりだった。そのために授業を欠席したりしたのだが......
「だってよお。寝てるだけで出席がつくなんて思わねえじゃんよ! 川藤!」
「だから斉藤です。まぁねえ......でもうちは特殊ですから。それにすごいのはこっちですよ」
笑い事ではないのだが、祐樹は紙を見て思わず笑ってしまう。なぜならバカモノと呼ばれる程頭が悪い李奈のこの間のテストの点が満点を記録していたからだ。祐樹のクラスで一番頭のいい奈々ですら満点は取ったことがない。
「もう逆にバカだよね。あはは!」
ゆりあが手を叩いて笑う。マジ女では少しでも点数を上げるために、筆記テストの際はマークシート方式を採用していた。なのでまぐれ当たりも度々起きるのだが李奈は偶然全問当たってしまったのだ。
「テストを受けるからあかんのやバカモノ」
「ぶ〜......」
李奈は机に突っ伏し頬を膨らませる。
「なぁ、なんとかならないのか? お前の力で」
「どうにもなりませんよ。杏奈さん。卒業させるならともかく、卒業を取り消すなんて聞いたことがないです。それに、川栄さんの成績を操作してそれがバレてしまったら僕は教師で居られなくなりますよ」
「まぁ別にウチはあんたがどうなろうと関係ないんやけどな」
「おい、おたべ! なんてこと言うんだ」
「冗談やってヨガ。そない本気で怒らなくとも大丈夫や。全く、羨ましいわ」
ジョークに対しての杏奈の真剣な眼差しに由依は思わず笑った。これがリア充というやつか。
ゆりあに恋人が居た時は大して何も思わなかったが今の杏奈は幸せの塊に見える。杏奈から学校の卒業を聞いた時は心底驚いた。しかもその理由が『祐樹と付き合うため』とは。
自分だけではなくゆりあと李奈も驚いていたが、人嫌いの杏奈が恋愛をすることに成長を感じ、同じ女性として共感出来る部分が多かった。それに相手はあの教師。天井知らずの優しさを持っているこの男でなければ反対していたかもしれない。由依は祐樹の顔をじっと眺めた。
「ん、横山さんどうしました?」
「なんでもない。さてこれからどうする」
「まぁ、卒業を取り止めるなんて絶対無理ですからまずは就職先を探すことですね」
「ウチが働けると思うか? 一日中働くなんて無理だ。集中力無いし......」
李奈が初めて弱気な顔を見せた。外の世界でやっていけるか不安があるのだろう。だからといって裏の世界に放り込ませることは出来ない
「その為に僕が居るんです。なんとか川栄さんに合う就職先を探してみます」
「お、さすが杏奈の彼氏、頼もしいな」
さっきまで興味なさそうにスマートフォンを触っていたゆりあが祐樹の頭をポンポンと触った。正確に言えば彼氏ではないのだが、同じようなものだ。横を見ると杏奈が睨みつけている。
李奈の就職先を探すのは骨が折れるだろうが、やるしかなかった