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連れて行かれたのは、屋上へつながるドアがある踊り場だった。カンカンと足音が響く。杏奈は祐樹を壁に押しやると胸に飛び込むと同時に手を握った。
「杏奈さん心は覗かない方が」
「うるさい」
杏奈の頭にはゆりあと祐樹の映像が一部始終流れた。この男はゆりあを家に泊め、デートをし、あろうことかトイレというとんでもない場所でセックスをしたようだ。ゆりあに手を出すんじゃないかと思っていたらやっぱり手を出した。
「ゆりあが元気になったことには感謝する。だが相も変わらずだな。ゆりあから聞いてはいたが」
「すいません......ゆりあさんを助けたくて」
「だとしてもだ。我慢くらいできないのか」
意外と杏奈は冷静で穏やかだが自分の背中辺りの服をギュッと掴まれている。自分の肩あたりにある顔を見れないでいた。彫りの深い顔が一層険しくなっているのだろうか。
「......僕のこと嫌いになりましたか?」
祐樹は恐る恐る尋ねた。きっと自分は杏奈を苦しませている。もっと大切にしなきゃいけないのに。
「......恋人を作ってもいいと言ったのは私自身。ならばセックスぐらいするだろう。ゆりあはお前の恋人ではないがな。自分で蒔いた種なのだ。だけどな......これ以上嫉妬するのは限界だ」
「ごめん......杏奈さん」
「だから、もう決めたよ」
杏奈は正面からじっと顔を見つめたことにより、今日初めて祐樹は杏奈の顔をしっかり見た。美人と言われる部類の中でもトップクラスであろう顔には悲壮感が漂っていた。杏奈とはここまでなのか。
「私はラッパッパを辞めて、今年でマジ女を卒業する」
「......え?」
別れの言葉を切り出されると思っていた祐樹は呆気に取られる。真剣な目をしたままの杏奈は気にせず続けた。
「そうすれば愛することに文句も言われないだろう? これでお前から全ての愛を受け取ることが出来る。お前に拒否権など無いぞ」
「は、はい! もちろん......杏奈さんとまたこれからも一緒に居れるなら僕は嬉しいです」
「......良かった。好きで居てくれるのだな」
真剣な顔が緩み、杏奈は微笑んだ。この関係は終わるのかもしれない、そう思っていたのは杏奈も同じだった。祐樹は自分が居なくとも代わりになる女はきっと沢山いる。もしかしたらゆりあとそのまま恋人関係になるのかもしれない。恋人を作ってもいいと言ったのは自分自身だ。だが、愛情が自分に向かなくなるのは耐えられなかった。
自分の知らない所で二人は交流していた。それが杏奈にとっては不安だった。ゆりあの魅力には到底敵わない。セックスをしたとゆりあから聞いた時は胸が張り裂けそうになり、『気にしないで』と思わず誤魔化した。祐樹がゆりあに夢中になってしまったのではないか。すぐにでも祐樹に『私を捨てないで』と伝えたかった。
廊下を歩く祐樹を無理やり捕まえ、伝えようと思ったが自分の口から出てくるのは相変わらずの命令口調だった。更にまた束縛するような約束まで取り付けようとした。まるで嫌われようとしてるじゃないか。何をしてるんだ自分は。優しい表情が出来ない自分を恨む。
だが、それは杞憂に終わった。変わらずずっと自分を愛してくれていたからだ。この男は嘘はつかない。疑った自分が馬鹿だったとすら思った。
「杏奈さんのこと捨てるわけないです。でも今の成績だと卒業は大変ですよ?」
杏奈に限らずラッパッパの面々は留年する為に授業を欠席し続けている。それはなんとかなるとして、問題は筆記テストの点数だった。授業を受けていない分テストももちろん欠席。筆記の点数は元々低い合格ラインすら達していなかった。冬の時期からそれを挽回するには相当な勉強と努力が必要になってくる。
「分かっている。だから、お前に補修を頼みたい。」
「補修ですか?」
「そうだ。空いた時間にみっちりとな。私はバカモノやゆりあよりは聡明だと自負している。それに......その分お前と一緒に居れるだろう?」
最後の方は恥ずかしさで声が消えかかっている。頬を赤く染めた杏奈はそれを隠すように祐樹の胸に顔を埋めたそんな杏奈を受け止め優しく抱きしめる。綺麗な黒髪に指を絡めた。
「そっか。頑張ろうね」
「うん......祐樹の、ことが好きだから、頑張る、ね」