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ゆりあは窓を見た。あまり掃除をされてない薄汚れた窓の外は希望も何もない世界にも見えた。なぜだろう。リョウタと居た時は毎日が楽しくてしょうがなかったのに。窓には鍵が閉まっている。教室に入った時は開いていたが、祐樹がすぐ閉めた。おそらくまた自分が飛び降りを謀ると思ったのだろう。その判断は正解だったかもしれない。
窓が開いていた場合、入り込んでくる冷たい秋風のせいで心の傷が化膿しそうだったからだ。
「辛いなぁ」
ゆりあが呟いた。その一言には抱えているもの全てが詰まっている。
「木崎さんには、杏奈さんとか仲間が居るじゃないですか? みんな心配してますよ」
「そうだね。あいつらには何も言ってないし。心配かけたくなくてさ」
「心配事を共有できるから仲間なのだと思いますよ。気持ちも少しは軽くなります」
「分かってる。安心できると思う。でも、やっぱりリョウタが原因なら解決出来るのはリョウタしか居ないんだ。前向きになるのと傷が治るのは別だからさ。はは、私って重い女だよね」
ゆりあは自嘲した。自分自身を笑うしかなかった。辛い気持ちを抱えても時は勝手に流れていく。だったらダメなのは自分の方なのだ。
「......そんなことないですよ。僕は自分自身に向けられた人の愛を無視出来ない人間ですから。それで自分も好きになったら嫌いになれないことが殆どです」
「一途ってやつだね。あんたってモテなさそうだもんね」
「それ面談の時も言ってましたね。意外と傷つくんですよ?」
祐樹は口を尖がらせ、ゆりあを見る。根底が生意気なのだろう。ただ、前のように嫌な印象はもう無い。
「ごめんごめん。でも友達にはなりたいタイプかな。恋愛感情が湧かない分遠慮なく悩みを話せそう」
「光栄。と言いたいところだけど、こちらが恋愛感情持ったらおしまいな関係ですよね」
「そりゃあ、友達と恋人は違うからね。勘違いされちゃあ困る」
女子というものはこちらのことを考えずに近寄ってくる。人をその気にさせるのは罪だ。『自分に気がある』何度勘違いをしてきたことか。無駄に仲良くしないでほしいとよく思ったものだ。
「まぁでも、あんたなら別に良いかもね。ねぇ、名前なんていうの?」
「ん、僕は斉藤って言います」
「上の名前は知ってるっての。下の名前」
ゆりあは不機嫌な顔をする。
「すいません。祐樹、斉藤祐樹です」
「祐樹っていうんだ。じゃあこれから祐樹って呼ぶね」
「いや、それはちょっと......一応生徒と教師なんですから」
大体の生徒には『先生』と呼ばれ、特異な呼び方をしているのは杏奈くらいだ。そう思うと名前で呼ばれるのは随分久しぶりかもしれない。
ゆりあは机から降りると、椅子に座っている祐樹の前に立った。
「友達なんだから名前でいいじゃん。祐樹も『ゆりあ』って呼んでいいよ。はい、握手。よろしく祐樹」
ゆりあは右手を差し出した。『祐樹』と呼ばれるのは少しだけ恥ずかしさがあった。それは心をくすぐられたような気持ちだ。
「......よろしくお願いします。ゆりあさん」
祐樹は差し出された右手を包み込むように握手をした。冷え性なのかそれともこの秋の寒さなのか、ゆりあの手はひんやりとしていた。