第五章/彩希
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 すぐ振りほどけそうな弱い力で手は握られている。思わず祐樹は振り向いた。

「どうしたんですか? 村山さん?」

「……(うち)に泊まって行きなよ! もう夜も遅いしさ」

「え、でも電車はまだありますし……」

 祐樹の言葉に彩希は俯いた。どう言えば祐樹を引き止められるのだろうか。気持ちがあっても言葉が出て来ない。頭の悪い自分に嫌気が差す。

「ほら、夜道は危ないしさ」

 自分は何を言ってるのだろう。ただの変な人間じゃないか。彩希は唇を噛んだ

 最初は不思議がって居た祐樹だが、次第に彩希の言いたい事は分かって来た。何しろこんな経験は初めてではない。美音が口籠っていたときを思い出す。
 強い力で手を握らないのは彩希の中で葛藤が存在しているからだろう。それが逆に祐樹の心を惹き付けてしまう。彩希は寂しいのか。

「生徒の家に泊まるなんて、見つかったら逮捕ものですよ。村山さん」

「そうだよね……」

 彩希は諦め、手を離そうとする。だが祐樹は強い力でその手を握り返した。


「え……?」

「だから秘密にしてくれるなら、いいですよ?」

 アパートに付いている薄暗いの街灯の下で祐樹は笑顔を見せる。すると、彩希の寂しそうな顔がゆっくりと笑顔に変わっていった。タブーであろうと寂しそうな彩希を放っとけなかった。

「わかった。早く行こっ」

「でも、お兄さんが帰ってくるんじゃないですか?」

「ううん。兄貴は今週は帰って来ないんだ」

 腕をぐっと引っぱり誘う彩希。まるで子供のようだ。
もしかしたら今回も誘惑に負け関係をもってしまうかもしれない。祐樹は心の中でマジ女の生徒達に向け『ごめん』と呟いた。


 彩希と彩希の兄の2人暮らしだという部屋はワンルームのシンプルなものだった。余計な家具は無いが、テレビとベッドがあった。自分の部屋と大差ないかもしれない。

「適当に座ってよ」

 言われた通りに座る。ふと棚の上にある写真立てが祐樹の目に入った。中にはツーショットで映っている男女の写真があった。女の方は彩希、なら隣の男は兄だろう。兄の容姿は金髪でまるで暴走族のような格好をしている。妹の為に必死に働く兄、人は見かけに寄らないものだと改めて感じた。

「ふう」

 洗面所であろう場所から出て来た彩希は祐樹の隣に座った。服装は変わらないものの結んでいた髪をほどいて来たようだ。

「あれ、お兄さんですか?」

 先程、目に入った写真を祐樹は指差した。

「そうだよ。多分見た目からは想像出来ないかも知れないけどすごい優しいんだ」

 そう言われでもしなければ内面の良さには気付けないだろう。彩希やマジ女の生徒達だって同じだ。内面は優しいものを持っている。

「あ! そういえば昨日殴っちゃってごめんな! あのとき見つかってパニックになってさ」

「んまぁその日は痛かったですけどもう大丈夫ですよ」

 祐樹は腹部をさすった。まだ微かに痛みは残っていたが気にするようなものではない。
それに女性に殴られていつまでも痛みを引きずるような弱々しい男だと思われたくなかったのだ。





■筆者メッセージ
劇場版CDが届きました。非常に新鮮味があってワクワクしてます。

RYOさん
有りそうな展開ですね笑
オレンジさん
そういえばまだ『キャンディ』というあだ名が出てきませんよね。どこかで関連付けなければ。
教師のくせにこんな良い思いばかりしてるんだから、修羅場に巻き込まれても不思議じゃないですよねえ
ハリー ( 2016/08/30(火) 23:25 )