第五章/彩希
14
 現場であるコンビニのバックヤードに防犯カメラを管理する設備があった。店主が薄いノートパソコンを不慣れな手付きで操作すると画面には店内の様子が鮮明に映し出された。祐樹は食い入るように画面を眺めていたが、彩希は少し後ろで不安げな表情のまま佇んでいる。
 時間を2時間程巻き戻した辺りから再生すると、彩希が調度店内に入ったときだった。彼女の言う通り、目的も無く店内をウロウロする様子が映し出される。それから少しだけ早送りすると彩希は漫画本が並ぶ雑誌コーナーに立った。だが興味を持てるものは無かったのか次々と本を開いては戻していた。
 それを繰り返している中で、やっと興味のある漫画本を見つけたのか戻す作業が止まった。そのとき祐樹は彩希から離れた所で雑誌を読んでいる男が居ることに気付く。黒の服を着た男は何度も彩希をジロジロと見ている。

 1分程それが続くと彩希を観察していた男は周りを確認し始めた。そして何気ない雰囲気を演じながら彩希に近づいて行く。祐樹はその姿に思わず固唾を飲んだ。
 変わらぬ歩幅で歩く男はポケットの中から何かモノを取り出した。そして彩希の肩に掛けてある鞄に入れたのだ。

「ほらぁ!!!」


 祐樹は画面を指を指しながら大声で思わず叫んだ。おそらく店内まで聞こえてしまったかもしれないが、そんな事はどうでもいい。彩希は盗みを働くどころか食品が陳列された棚へすら近づいていない。潔白が証明されたのだ。心の中は大騒ぎだ。
店主は気まずそうな顔を浮かべ警察官を見ている。彩希はほっとしたようなそんな表情だった。
 その後、店主と警察官は彩希を犯人と断定してしまったことを謝罪し深々と頭を下げた。人に誠意を持って謝られたことが経験上無かった彩希はどうしていいか分からず困惑の表情で祐樹のことじっと見ていた。


「ありがと……」

「いえ、間違ったことを正しただけです。とりあえず良かった」

「はぁ、私ってバカだからまた気付かなかったのかも」

 夜の街を並んで歩きながら彩希は溜め息をついた。

「前にもこんなことあったんですか?」

「うん。さすがに警察沙汰は無かったけど損ばっかりしてたなぁ」

 勉強が出来ないのと頭が悪いのは別物だと彩希は気付いていた。頭が悪いと人生を上手く生きていけない。テレビ番組で勉強が出来なくても金持ちになった人間の話を良く聞くが、それは勉強が苦手なだけで、社会を生き抜く頭の良さがあったからだと思った。

「要領が悪いっつうか、不器用つーかさ」

「でもそんなもんです。僕も同じですよ。みんな苦労するんですよね」

「先公なのに頭悪いのか?」

 祐樹を見ながら首を傾げる彩希。

「ですね。だから人にモノを教える立場として申し訳ないですよ」

「そっか、あっ……」

 途端に彩希の腹の虫が大きく鳴った。彩希は恥ずかしそうに腹部を隠す。

「村山さん、お腹空いているの?」

「うん、本当はもらったお金でなんか食べようと思ってたんだけど、予定が狂っちゃってさ」

 『もらったお金』に祐樹は引っかかりを覚えたが、今は詳しく聞かない事にした。詳しく聞けばこっちの心が傷つきそうだった。
 
「じゃあ、そこのファミレスで食べませんか? 奢りますよ」

 時刻は23時を過ぎていた。厄介事に巻き込まれる前にコンビニで買った弁当が手元にあるが、この際ファミレスで食べよう。飲屋街が抜けた先には24時間営業のファミレスが存在していた。

「いいのか? 世話になりっぱなしで申し訳ないなぁ」

 すぐ飛びついてくると踏んでいた為に、遠慮した彩希が意外に思えた。謙虚な一面もあるようだ。

「まぁ、1人で食べるよりは2人で食べた方が良いと思って」

「あ、そっか……。そうだね、乗りかかった車って言うし」

「村山さん。乗りかかった『船』ですよ」

「どっちでも良いだろ! 早く行こうぜ!」

 彩希は祐樹の腕をグッと引っ張り、走り出した。彼女の笑顔はあどけない子供の様に無邪気だ。だからこそちゃんと話を聞かなければならない。傷ついてでも。なぜならそれが教師の仕事だからだ。



 
 

■筆者メッセージ
昨日は凄まじい台風でした。そしてオリンピックが終わりました。マリオとドラえもんが出て来た演出は良いですね。東京オリンピック見に行きたいなぁ。

18時58分に拍手メッセージをくれた方
まりやぎさんですね。あまり学校のシーンが出ないので他の矢場久根メンバーも出ないかもしれません
RYOさん
頑張って開かせましょう、じゃないと話が進みません笑
ハリー ( 2016/08/23(火) 11:41 )