13
煌々と灯りが照っている飲屋街を突破し、遂に祐樹の目は駅を捉えた。今日1日厄介ごとに巻き込まれなかったという小さな幸せを踏みしめながらゆっくり歩いて行く。
だが、そんな足取りが突然ピタッと止まった。聞き覚えのある声が祐樹の耳に届いたからだ。
「離せ! 私はやってない、本当だ!」
左側から聞こえた必死な声。祐樹自身も昨日浴びせられた覚えがあった。
ここで左側を向いてしまえば何かが始まってしまう。今日1日は無事平和に終えるのだ。祐樹は振り向きたくなるのをぐっと堪えた。
「離せよ!」
悲痛な声。そう聞こえた祐樹は顔を振った。そして厄介ごとに巻き込まれる事を決めた。声の聞こえる場所は駅に隣接している交番だった。じっと見ていると祐樹が予想した通り、彩希が中に居た。男に腕を掴まれ彩希は暴れている。
その男は緑の半袖の服を着ている。おそらく大手チェーンのコンビニ店の制服ではないだろうか。
交番の引き戸に手をかけゆっくり開ける。彩希を取り調べている警察官とは別の警察官が音に気付き、立ち上がって祐樹を確認した。
「どうかされましたか?」
「あ、いや、あの子ウチの生徒なんです……」
申し訳なそうに彩希を指差す。警察官は困惑の表情をしたが祐樹が教師だと分かると『ちょっと待ってください』と言い、取り調べをしている警察官の元へ駆け寄り耳打ちをした。
「えーと、斉藤さん、ですよね。こちらへ」
「はい」
来訪者の人間が自分が昨日殴った教師だと気付いた彩希は目を見開いた。昨日に続き最悪のタイミングだ。そんな悪い空気を無視するように彩希の隣に座った。
「お前は……」
「どうも。ご無沙汰ですね。ところで何があったんですか」
彩希に訪ねるが彼女はそっぽを向いてしまった。目線を彩希から目の前に居る警察官へと移す。
ああ、と呟くと警察官は紙を見ながら話し始めた。
30代後半程に見えるコンビニの店主、警察官の年齢もそれぐらいか、その警察官の話によれば、彩希が万引きをしたというのだ。
約1時間前、彩希はコンビニでウロウロしていた。特に何も買うものが無かったが時間つぶしをしていた。
バイトの店員がたまたま彩希の近くを通ると、彩希が持っていた手提げバックの中にコンビニのロゴが記載されたおにぎりが入っていたという。店員はそのことを店主に報告し、店主はずっと彩希を見張っていた。
この辺で女子高生くらいの年齢ならば、矢場久根の生徒だろう。悪い噂しかない学校の生徒なら万引きもやりかねない。視線は一層鋭いものとなった。
そんなことを知らない彩希はあまり興味の無い漫画を読み終えるとコンビニから出ようとする。自動ドアが開き店舗から3歩程歩いたところで彩希は捉えられた。
「彩希さん。本当なのですか?」
「違う。私はやってない! いつの間にか入ってんたんだ」
目を逸らしていた彩希だが、祐樹の言葉に反応し睨み付けた。だが睨み付けている目の奥からは『不安』や『恐怖』が感じ取れた。きっと嘘は付いていないのだろう。
「つまり謀られた、ということですね」
「はかる? 何をだ?」
どうやら頭があんまり良い子ではないようだ。だからこそ騙されやすいのかもしれない。
祐樹の言葉の意味が分からなかったのか首を傾げている。
「えーとですね。村山さんのことを誰かが騙した、ということです」
少し悩んだ後、合点がいったのか彩希の顔が一瞬明るくなった。その後すぐ、警察官に向かって反発する。
「そうだ! 私は騙されたんだ!」
だが彩希の言葉に聞く耳を持っていないのか、あしらわれてしまった。警察官と店主の態度に祐樹はムッとしたが、疑われているままでは何も太刀打ちが出来ない。冷静に努めようと心がけた。
彩希は本当に万引きをしたのだろうか。事実はどうであれ、鞄から証拠品が出て来てしまっては言い訳が出来ない。
「防犯カメラは確認したんですか?」
「いえ、確認してませんよ」
「え? ……見てもいないのに村山さんを責めてたんですか!」
まさか、確認していなかったなんて。飄々と答える警察官に祐樹は愕然とした。てっきり、確固たる証拠は防犯カメラでとっくに裏付けをしていたと思っていたが、それをしていなとは。
「いや、鞄に入ってたんだから確認しなくても……」
「……ふざけるな! 今から確認させてください! 行きますよ村山さん!」
「えっ、うん……」
店主が言い終える前に祐樹は立ち上がって怒りを露わにした。その姿にその場に居た全員が驚く。
祐樹自身こんなに頭に血が上ったのは久しぶりだった。店主を先頭に取り調べをしていた警察官、そして彩希、祐樹と並び現場のコンビニへと向かった。