第五章/彩希
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 『戻ってきてね』そう言って涙を流していた美音の顔は今でも脳裏に焼き付いている。
何としてでも臨時の期間中だけでマジ女に戻りたいが、休養中の教師は現場復帰に難色を示しているらしい。そりゃそうだろう。こんな学級崩壊している現場になど戻ってきたいと思うわけがない。
 だがそこを何とかしてもらわないと自分はずっとこのままになる。祐樹は溜め息を付いた。

 黒板から目を生徒に戻すと、そこには20人くらいの生徒が居る。だが祐樹の話など聞いている生徒は居ない。乱雑に置かれた机の上に乗り大声で喋っている。
 ある意味懐かしい光景でもある。当初教室の奥の方で鍋物をグツグツと煮ていたチーム火鍋。今は元気に過ごしているだろうか。ぼーっと考えていると、備え付けられているスピーカーからノイズの入った鐘の音が鳴った。
 その音にハッとした祐樹は荷物を抱え教室から出て行った、今日はこれが最後の授業である。



ーーー


 学級崩壊してようともやらなきゃいけない仕事は山程あった。残業を終え、外が真っ暗になった頃祐樹は駅に向かって歩いていた。
 隣町への異動だがそんな簡単に引っ越しは出来ないので、元の自宅から電車で通っていた。マジ女の時に比べ多少の早起きにはなったものの、通勤には困らない程度だった。ただ通勤ラッシュによる満員電車は苦痛だった。それだけでも解消すればもう少し気持ちが楽かもしれない。毎回、押しつぶされながらそんなことを思っている。

 駅に向かう途中、そこには飲屋街があった。飲食店や居酒屋が立ち並び、帰る途中に酔っぱらいを見かけたりキャッチに声をかけられることも度々あった。無論、キャッチは全部断っている。祐樹自身酒を飲まないというのもあるが、一番は『ぼったくり』に怯えていた。決して経験があるわけではないが厄介事になるのは御免だった。少し裏に行けば如何わしい店やラブホテルも立ち並ぶ、誘惑が多い場所でもある。

 今日も誘惑を躱しながら、道路を真っすぐ歩いていると人ごみの中にどう見ても不似合いなカップルが腕を組んで歩いている。その後ろ姿をじっと祐樹は見つめた。男の方はスーツ姿で40代程だろう、頭皮が多少薄くなっている。女の方は普段着ではあったが未成年の女子高生といったところか。髪型はツインテールだ。振り向いた顔は笑顔ではあったが、恋人の笑顔というよりはまるでキャバクラ嬢が見せる笑顔だ。
 そのことから推察し、祐樹の頭に浮かんだのはただ一つ。『援助交際』だ。もしかしたら親子の可能性もあるかもしれないがそんな雰囲気は微塵も感じられなかった。これから行為をするのだろうか。それとも行為後か?金銭で繋がっている交際だが、どこか男の方を羨ましがっている自分も居る。
 
 教師として人間としてこの非人道的なものを摘発すべきなのだろう。だが厄介な場所で厄介なカップルに関われば自分も間違いなく厄介ごとに巻き込まれるだろう。それに自分だって非人道的なことをやったじゃないか。自分に摘発する資格なんてない。無理矢理自分自身を納得させると祐樹は2人から目を逸らした。
そこで祐樹は止まった。女の方に見覚えがあったからだ。小生意気な笑顔、あの服装に髪型……
祐樹はハッとした。矢場久根の生徒だ。しかも自分のクラスの生徒だ。そうなればもう気になって仕方ない。目を戻し、少し遠く離れてしまったカップルを追いかけることにした。

 駅から外れた道を歩く2人。向かう先はラブホテルか、または自宅か。場合によっては危険な場所に向かうかもしれない。例えば強面の男が現れた場合、自分はどうすればいいのだろう。丸腰で挑んでも勝機は無い。

 飲屋街を外れた辺りまで歩いて来た。人通りは少なくなったものの、周りは街灯で前に居るカップルの顔がはっきり分かる程明るかった。途端、そのカップルの動きが止まった。祐樹は急いで物陰に隠れる。
向かい合って会話をしている。それが数秒続いたあと、男は女の身体から離れ去って行った。女は手を振っている。どうやら行為後、らしい。危険な場所にも行かず強面で屈強な男も現れなかったことに祐樹は安堵した。話しかけるのは今がチャンスかもしれない。
 佇んでいる所に祐樹は近づいた。

「……村山さん」

 声に気付き、祐樹の方を見た。するとその目はみるみる鋭くなっていく。どうやら自分のことを誰だか分かるようだ。

「あの、今……」

 そう言いかけた途端、彼女は歩き出した。祐樹はそれを制す様に腕を強く掴んだ。驚いた彼女は祐樹をギロっと睨み抵抗した。

「なにすんだ離せ!」

「待ってください……! なにしてたんですか!」

 バタバタと暴れる彼女の腕を必死で掴み続ける。ヤンキーと言っても所詮、力では祐樹が上のようだ。
 
 だがその時だ。突然祐樹の腹部に重い衝撃が走った。

「あぐっ……」

 祐樹はその場でうずくまった。見上げた先には拳を構え、小刻みに肩が震えている彼女の姿がある。おそらく彼女の鉄拳が腹部に衝撃を与えたのだろう。相手がまだ少女だという油断が一瞬の隙を生んだ。
 動けなくなったことを確認すると彼女は一目散に走り去って行った。もう追える力は残っていない。
 
 どんどん小さくなる背中の主、村山彩希(ゆいり)を見つめながら、祐樹はその場に倒れた。

 


 

■筆者メッセージ
というわけで今回は真っ赤な真っ赤なゆいりんごの村山彩希です。
岡田なぁちゃんの恋人ゆいりーです。そういえばなぁちゃんと言えば昨日のshowroomでなぁちゃんの妹が登場してましたね。美人さんでバラエティキャラで歌も上手い!なのでこの間発表された16期オーディションの参加を期待したのですが、なんと、愛する恋人が居るようです。残念!!!ただ不思議なのが本当に一般人なのかなって。そのあとなぁちゃんツイッターで姉妹揃って水着姿も披露されたのですが、身内とは言えここまで出しますかね?不思議です

殴られるシーンって楓さんの作品にありましたね

RYOさん
ソルトもリクエストの多いメンバーではあるんですが期待には答えられないかもしれません
ハリー ( 2016/08/16(火) 22:58 )