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網戸から入ってくる風は肌に心地よく感じた。日が経てばこの風では耐えられないくらいの熱帯夜になるのだろう。テレビの天気予報はこれから猛暑がやってくるとも言っている。エアコンも無いこの部屋で干上がらないようにしなければ。祐樹はコップに組んであった麦茶を飲んだ。
祐樹は酒を飲まない。なぜ飲まないかと言われれば、今まで飲んでいなかったから、だ。周りの友人達は成人を迎えると次々に解禁し始めたが、祐樹自身は酒というものに興味を持てなかった。以後、そういう時期が続いている。
点けているテレビはニュースをやっていた。ニュースキャスターが辛辣な言葉を吐き、意見を言う。教師として世間のことは理解しなければならないが、祐樹はどうも難しい話が苦手だった。だからこそこの辛辣な言葉を吐くニュースキャスターの言葉が刺激的に感じるのかもしれない。半分聞き流しながらテレビをぼーっと見ているとスポーツコーナーが始まった。今日の試合はどうだったのだろう。祐樹は贔屓にしている野球チームの勝敗を確認するためテレビにグッと前のめりになった。
そのとき、テーブルに放って置いたスマートフォンが震えた。一瞬驚いた祐樹だったが、一回しか震えなかったことを考えれば、LINEの通知だろう。
身体を伸ばしスマートフォンを取ると、画面には『ウオノメ』と書かれていた。
『先生、大丈夫だったか?』
最初の頃、あだ名と生徒が一致しないことが多かったが今はもう一致するようになった。
朱里からのメッセージに祐樹は首を傾げる。朱里に心配をさせるようなことを自分はしただろうか。補修のときに奈月に会っただけで、他のチーム火鍋の生徒には結局会っていないのだ。
『朱里さん、こんばんは。僕何かしましたっけ?』
『いや、大丈夫ならいいんだ。うん」
歯切れの悪い朱里のメッセージ。何か言いたいことがあるのだろうか。
『それなら、良いんですけど。どうかしましたか?』
『ん〜、いや、ヨガとなにかあったかなって』
ヨガ?ああ杏奈のことか。祐樹は面接時のことを思い出す。奈月が『死ぬなよ』と言っていた。朱里達にとって3年生の相手をするというのは相当大変なことなのだろう。
『入山さん達のことですか。それなら大丈夫でしたよ。みんな綺麗な方でした」
ゆりあには言葉でボコボコにされたし、杏奈とは一線を越えそうになった。決して平穏無事に終わってはないが、死んではいない。
『そうか』
返って来たのはその一言だけだった。
『朱里さんって優しいんですね。心配してくださるなんて』
『違う。断じて違う。心配などしていない。別に先生がヨガにボコボコにされてもウチはなんとも思わないし、ウチには関係ないし。というか先生なんかボコボコにされればいいと前々から思ってたし、じゃあな』
照れ隠しなのだろう。急に長文になり一方的に話を終わらせる。隠しきれてない朱里の思いやりに祐樹は顔が綻んだ。美音の話によれば、チーム火鍋の実質的なリーダーは朱里らしい。恐らく彼女は周りを気遣うことの出来る人間なのだろう。きっとその優しさを慕っているのだ。
『ありがと、朱里さん。おやすみなさい』
祐樹は返信すると、スマートフォンを置き再びテレビを見る。朱里の優しさに心が温かくなっていた。
今すぐにでも担当クラスの生徒達に会いたくなったが、まだ夏休み。そういえば、美音とのツーショットが何枚かスマートフォンに入っていたことを祐樹は思い出す。置いたスマートフォンを拾い上げ、画像フォルダを開き美音の画像を拡大する。それで何をするわけでもなく、祐樹はただじっと見つめていた。