09
「え、あ、入山さん……?」
冷たい視線に恐怖を感じた祐樹が振り向くと、そこには腕を組んで祐樹をじっと見つめる杏奈が居た。面談のときに着ていた紫のスカジャンは無く、半袖の黒い制服だけだった。それになぜか傘を持っている。
「面談ぶりだな」
「そ、そうですね」
杏奈から溢れるオーラ。店内は冷房で涼しいが、それよりも1度か2度温度が下がった様に感じる。まさかこんなところで遭遇し話しかけられるとは。
「ここで会うのも何かの縁だ。私の買い物に付き合え」
「僕がですか?」
「他に誰が居る」
思いがけない言葉に祐樹は目を丸くする。杏奈はそれを気にせず祐樹の隣に立ち、棚を眺めた。からかってるわけではない。杏奈は至って真剣のようだ。
「こういうのに興味あったんですね」
祐樹は雑貨を見ながら杏奈に話しかける。
「マジックに贈り物をと思ってな」
「マジック? あ、木崎さんのことですか」
祐樹は面談のことを思い出す。ゆりあにボロクソ言われ、心が傷だらけになった。良かったことと言えば、短いスカートから剥き出しとなったムッチリとした太ももを確認できたことだ。
「意外ですね。あの木崎さんとそういう仲だったなんて」
「まぁ、そう思われているのだろうな。私はマジックが好きだ」
外側の人間から見れば、杏奈とゆりあは犬猿の仲に感じる。『好き』その言葉を聞くと真子と南那の2人が思い浮んだ。
「だが、『百合』というものではない」
祐樹の頭の中に思い浮かんでいるものが分かったかのように杏奈は否定した。杏奈には全てを見透かされているような気がしていた。
「これにするか」
杏奈が手に取ったのは、少しだけ横に広いガラス製のコップに入ったアロマキャンドルだった。入っているロウの色は薄ピンク。ゆりあが着ていたスカジャンも確か薄ピンクだったことを思い出す。
「木崎さんはピンク色が好きなんですか?」
「そうらしい。携帯電話のカバーも桃色だった」
「へえ」
祐樹は頷く。ラッパッパの中で一番女性らしいのはある意味ゆりあなのだろう。
「なぁ、マジックは喜んでくれると思うか?」
「えっ、そんなの聞かれても分かりませんよ。木崎さんのことはよく知りませんし」
「それもそうか」
杏奈は『はぁ』と息を吐く。
「でも、良いと思いますよ。大体、プレゼントは嬉しいものですからね」
「そうか。じゃあこれにしよう」
凍っているように変わらない杏奈の表情だが、少しだけ笑みを浮かべた。
杏奈はアロマキャンドルをレジカウンターに持って行き代金を払った。どうやら包装を頼んだようで、エプロンをかけた女性店員がせっせとアロマキャンドルを包む。杏奈の表情はどこか柔らかで面談のときの表情とはまるで違って見えた。遠くから見ていた祐樹は杏奈に少しだけ心が動いていた。