05
杏奈との面談で収穫といえば話せたことぐらいだろう。期待以上というべきか。それとも期待以下というべきか。杏奈の資料を置き、次に面談をする生徒の資料を確認する。
『川栄李奈』非常に珍しい名前だった。祐樹は『川栄』という名字に出会ったこともなければ、名前に『李』という文字が入った人間にも出会ったことがない。そういえば美音の名字も『向井地』という珍しい名字だったな。ぼやっと考えていると、教室の扉が勢い良く開いた。
「お前が後藤か?」
美音や涼花とさほど変わらない身長の生徒、川栄李奈がサンドバックを抱えながら入ってくる。
「川栄さんですよね? ちなみに言うと僕は斉藤です」
杏奈は紫のスカジャンを着ていたが李奈は青のスカジャンを着ていた。そういえばマジ女はスカジャンを着ている生徒が多い。ちょっとした流行なのだろうか。李奈は椅子にドカッと座るとサンドバックを床に置いた。
「で、佐藤が何の用?」
「だから斉藤ですって……」
杏奈とは違った意味で話が通じなさそうだ。祐樹は飽きれながらも話を続けた。
川栄李奈は『バカモノ』と呼ばれている。その名の通り、記憶力が低く頭脳に関してはこの学園の最下位に等しいのかもしれない。それでもパワーを生かした戦い方が得意で『馬鹿力』を出したときは手をつけられないという。涼花は李奈にケンカをふっかけたとき13メートルも吹っ飛ばされたらしい。
ボコボコになっているサンドバックを見れば、いかに打ち込んでいるかがはっきり分かった。毎日トレーニングしているのだろう。
祐樹が色々説明をしているが、ピンと来ていないのか、李奈は机に突っ伏し頬を膨らませている。
「川栄さん。聞いてます?」
「全然わかんねー。分かりやすく説明しろよ、伊藤」
「斉藤ですってば。名前くらい覚えてくださいよ」
ムッとした表情を見せた李奈。まるでリスの様な小動物に見えた。杏奈が美人系なら李奈はアイドル系の顔立ちだろう。これでパワーが人一倍あるなんて、想像が出来ない。
「なに人の顔じっと見てんだよ」
「あ、すいません。川栄さんはボクシング選手とかなってみるのはどうですか?」
「ボクシング? それは儲かるのか?」
意外と現実的な質問だった。
「うーん。トップ選手でも大金持ちになれるわけではないようです」
祐樹はボクシング選手を提案したが、何度も世界王者になっている日本の男子選手でも思ったより稼げないという話だ。そこまでメジャーじゃない女子選手なら尚更かもしれない。
「じゃあ、嫌だ。この学園に残る」
「ソルトさんと共に闘う。ですか?」
祐樹の言葉に李奈の目がクッと開いた。
「当たり前だ。ソルトさんより強い奴なんて居ない」
性格は違えど、杏奈と志は変わらないようだ。
「はぁ、あんまり危ないことはしないでくださいね」
ーー
「じゃあな。江藤」
「だから斉藤ですよ」
結局、ほとんど進捗はしなかった。このままだと2人は自ら留年を望むだろう。だったら、島崎遥香はどう思っているのか。周りには島崎遥香より強い人間など居ないと聞く。彼女もこの学園に残るのだろうか。
複雑な想いを抱えながら、祐樹は次の生徒『木崎ゆりあ』の資料を確認した。