02
1階の廊下に並ぶ1年生の教室。その一番奥にある教室が1年生コンビ真子・南那の拠点だ。その教室に真子と南那、そして奈月以外のチーム火鍋が居た。しかし6人が囲んでいたのは、いつものグツグツ煮えた火鍋ではなかった。
「ん……、美味い」
食材をすすった朱里は小さな声で呟いた。つるっとした喉越しで冷えていたそれは火照った身体にはとても心地よかった。
「だろ? ウチらの言った通りじゃねえか」
朱里の反応を見た真子が椅子にふんぞり返りながら、誇らしげな顔をした。
朱里達が囲んでいたのは、大きな鍋で冷たい水に浸された素麺だった。持っている器には麺つゆとネギが入っている。チーム火鍋は奈月を待っている間、いつも通り火鍋を始めようとしていた。
だが偶々居合わせた、真子と南那に素麺を提案されたのだった。チーム火鍋はプライドにかけ、素麺を拒否したが外気は20度を超える暑さ。冷えた素麺の誘惑には敵わなかったようだ。
「くそ、悔しいが美味いな」
涼花が不貞腐れながらも何度も素麺をすする。
「こんな暑い日に鍋食う方がどうかしてるぜ」
「うるせえ。大体なんでお前ら学校に居るんだよ」
玲奈が箸を舐め、真子と南那に言い放った。
「家に居ても暇だったから真子と出掛けてたんだよ。そんでまあ学校に行ってみようってなってさ」
「学校に行けば先生も居るしな」
「で、学校でウロウロしていたら、お前らが居たわけだ」
6人に共通していることは暇なことだった。チーム火鍋も真子・南那と同様、奈月の補修が無くても学校で暇を潰す予定だった。家でだらけてるよりマシ。数字や文字が羅列している夏休みの宿題など頭がおかしくなるだけと、やる気が起きるわけがなかった。
「最近学校平和だよなー」
「確かに。先生来てから、ケンカしてねえよな」
真っ青な空を見上げながら朱里が呟いたことに美音が賛同する。
「1年のウチらはそうでもねえよ。まぁウチらに逆らう奴なんて居ないけどね」
南那がしゃべったところで、廊下からカタカタと足音が聞こえた。6人が足音のする方向を見ていると、奈月が勉強道具と日本国憲法の本を抱え小走りで教室に入って来た。
「お、ケンポウ! やっと終わったか」
「あーもう疲れたよ。でもまあ留年はまぬがれたぜ」
凝った首をコキコキと回しながら、朱里に奈月はグーサインを見せた。
「そういえば、先生はどうした? 昼飯誘ったのか?」
美音が言葉を発する。すると奈月は何かを思い出した様にハッとし、美音を指差した。
「あ! そうだそうだ、その先生のことなんだけどな! これから二者面談なんだってさ!」
「へー、誰の? ウチらのクラスか」
「違えよ!」
呑気な朱里を見て奈月は声を荒らげる。そんな明るい話ではなかった。
「じゃあ、誰だよ?」
「ラッパッパだよ! ラッパッパ!」
「ええ!!!」
6人は一斉に奈月を見た。普段だったら『ラッパッパ』という言葉さえ、あまりに口に出してはいけないのだ。
「なんでだよ! 先生は2年の担当だろ!」
真子が立ち上がった。
祐樹は3年生と関わることはほとんどない。それなのによりによって『ラッパッパ』と二者面談をしなければならなくなった経緯は学園が夏休みに入る少し前のことだった。