18
日が昇り始めた頃、祐樹は床の上に敷いた布団の上で目が覚めた。行為を行ったベッドを南那が使っている為に布団を敷いたのだ。ふと、ベッドの方に寝返りを打つと南那がベッドに座り俯いていた。
「南那さん?」
祐樹は起き上がりそっと声をかける。
「あ、先生」
丸顔でふっくらとした顔にある目はどこか悲しげだった。
「どうかしましたか?」
「うん……。やっぱり真子に聞けないかもって」
昨晩、南那が言ったことを祐樹は思い出す。決断した思いなど一晩で変わってしまうものだ。
祐樹が目を覚ます15分程前に南那は目を覚ましていた。すると行為後にスッキリしていたはずの心がまたモヤモヤしていたのだ。南那の頭は再び真子でいっぱいになる。処女を喪失し、何にも勝てる最強のアイテムを手に入れたような、恐いものなんて何も無い。そう思えたはずだった。今となってはそのアイテムを使ったところで勝てる気がまるでしなかった。決して真子を裏切った罪悪感が生まれているわけではない。むしろ、同じような立場になれた。そう思っている。
「そう、ですか。そんなもんですよ。だから元気出してください」
薄暗い部屋で祐樹は笑みを浮かべる。人なんてそんなものなのだ。
「もう大丈夫って思ったんだけどなあ」
「ちょっとだけ強くなれたことだけでも良いと思います。僕だって何度もありましたよ」
祐樹自身、優柔不断な方だった。学生時代、思いを寄せる異性に告白をしようと決断しようとしたものの直前で思い留まることなど何度もあった。
「あーもう! 寝る!」
何かを吹っ切るように言うと南那は祐樹の方に背を向けベッドに横になった。
それでいい。祐樹はスマートフォンで時間を確認した。まだ起きる時間までは2時間もある。祐樹は1つ欠伸をすると、布団に潜った。
ーー
一通り今日の授業が終わった頃、祐樹は1年生の教室に向かっていた。南那が『やっぱり無理かも』と言って為、手助けをしようと考えていた。それで良いのか悪いのか祐樹には分からない。だが南那にとって重大な局面であることは間違いないのだ。
南那と真子が拠点としている教室がある廊下を歩いていたときだ。
「ちょっと待ってよ南那!」
真子の叫び声と共に、黒幕が貼られた教室から南那が小走りで出て来た。出て来た南那は祐樹を見つけると驚いたような顔をしたがすぐに祐樹を一瞥すると、背を向け去って行く。それに続けて真子も出てくる。
「何だよ……」
真子は南那の背中を見ながら呟く。初っぱなから修羅場に出くわしたようだ。はぁ、と溜め息をつくと真子に声をかける。
「真子さん」
名前を呼んだ後、祐樹はハッとする。南那とのことで真子とも仲良くなった気でいたが、真子とは、火鍋とケンカになりそうなときに1回会ったきりだった。
後ろに祐樹が居たことに気がついていなかった真子は勢いよく振り向いた。祐樹であることを確認すると、徐々に目が鋭くなっていく。
「……あ? 先公がなんの用だよ」
「その、真子さ……いや小嶋さん。なにかあったんですか?」
「うるせえ。お前には関係ない」
一瞬だけ動揺を見せた真子は立ち去ろうと歩き出した。
「あの、南那さんについてお話があるんです」
真子の遠ざかる背中に言葉をかけると、真子の足が止まった。くるっと振り向くと駆け足で祐樹に近づく。
「なんだよ……! 何を知ってんだよ!」
鋭さを保とうとして睨んでいた真子の目は涙を堪えているように見えた。