10
南那は湯船に浸かった。いつもならスマートフォンを片手に湯船に浸かるが人の家ということもあってか遠慮した。ぼーっと正面を見つめる。正面には風呂の温度調節機が設置されていた。何も音がしない。南那の頭の中ではやはり真子のことが浮かんでいた。中学生の頃から惹かれ合った2人。真子が南那の家に泊まりに来ていたときは風呂もベットも一緒だった。人が居ないところでは常に手を繋いで歩く。そうであれば友達以上の感情が生まれるのは必然だったのかもしれない。
中学2年生のとき、周りの同級生は異性を恋愛対象として見出していたが、南那は真子を恋愛対象として既に見ていた。自分は周りとは違う。ならば真子はどうなのだろう。真子も自分のことをそういう風に見ているのだろうか。それとも親友止まりなのか。聞くのは勿論恐い。だが、身体の内側から溢れてくる感情は抑えが効かなかった。そこで真子がいつも通り南那の家に泊まりに来たとき思い切って聞くことにしたのだ。
「ねえ、真子」
「なぁに?」
2人は1つのベッドで携帯電話をいじっていた。
「真子はさ、私のこと好き?」
「え? 何今更。好きに決まってるじゃん」
『好き』という言葉は聞けたが、それは南那の求めている『好き』ではない。
「……そうじゃなくてさ。その、なんていうんだろう」
どの言葉が最善なのだろうか。真子を不快にさせない言葉はどれなのだろうか。伝えたいことは山程あるのに南那の頭の中は言葉が浮かんでは消えていた。南那は俯いて動揺を悟られない様にする。
「えーと。そのさ」
「ん? なに?」
真子は南那の方をじっと見る。だめだ。やっぱり言えない。と南那が諦めかけ顔をあげたそのときだった。
南那の唇に柔らかい感触が伝わる。時間が一瞬だけ止まった気がした。
紛れも無く自分の唇に触れているのは真子の唇だ。
真子は唇をゆっくり離す。恥ずかしいのか、南那の顔を見れないでいる。
「……だからさ、好きに決まってるって言ったじゃんか」
「真子……」
南那の心の中はいろいろな感情で溢れ返っていた。
ーーー
南那はハッとした。また考えていた。これでは家に居るときと変わらないじゃないか。せっかく泊めてもらうというのに。
「大和田さん。着替えここに置いときますね」
扉の向こうから祐樹の声が聞こえた。こんなに悩みごとを話したのはあの教師とみなみが初めてかも知れない。そのせいか一時的だがずっしりと重かった心が少し軽くなった気がする。火鍋の連中があの教師と懇意にしてるのも今なら分かる。
そう思った南那は湯船に口元まで沈み、ブクブクと息を吐いた。