03
「中庭がザコ犬共の匂いでくせえんだよ。なあカミソリ」
緑色のジャンパーを着ている生徒はチーム火鍋を挑発するように言葉を吐いた。ケンカが始まりそうな雰囲気に祐樹は血の気が引くような思いだった。恐らく、あの生徒2人はチーム火鍋にケンカを売るだろう。そしてそれをチーム火鍋は必ず買ってしまうのだろう。それがあの子達だ。
祐樹は自分がどうしたらいいかを必死に考える。
「なんだと、お前ら!!」
祐樹が予想した通り朱里が立ち上がり、2人を威嚇するが2人は全く物怖じせず笑みを浮かべチーム火鍋に近寄った。
「あれ? 先輩方なに食べてるんですか? ゲロ?」
「ああ?!」
もう片方の赤いジャンバーを着ている生徒がついに火鍋の悪口まで吐いてしまった、祐樹は頭を抱える。このままでは確実に戦いが始まる。
「先輩方はー、お腹も弱いから一度消化されたもの食べてるんですよねー、あはは!」
そう言い続けると背格好の似た2人は顔を見合わせ笑うのだった。
「お前ら……1年のくせに調子に乗るなよ」
どうやらあの2人の学年は1年生のようだ。祐樹はあの2人を知らなかった。
堪忍袋の緒が切れた、まさにそんな感じなのだろう。チーム火鍋の生徒達は全員立ち上がり、拳を握った。もちろんその中には美音も居る。5人相手に勝てる自信があるのか、ケンカを売りつけた2人も拳を握った。
「ああもう! 行くしかない!!」
祐樹はもう考えることを辞めた。とりあえずケンカを止めよう、もしかしたら袋だたきに遭うかもしれない。しかし美音達の殴り合いをただ見ていることは出来なかった。
祐樹は走り出し、急いで外に飛び出した。中靴のままだったがそんなことを気にせず、美音達のもとへ全力で走った。
「ストップ! ちょっと待って! やめて!」
いかにも戦う直前の様な雰囲気が漂っている7人を見つけると、祐樹はとりあえずその場を止める為の言葉を色々大声で叫んだ。
「ん? あ、先生」
美音はドタドタと走ってくる祐樹に気付いた。
「本当だ。なんであんなに急いでんだ?」
美音に引き続き火鍋のメンバーも祐樹を確認した。
「なんだ、一体」
祐樹は7人の前に到着すると、膝を掴み、忙しく呼吸をした。久しく全力疾走なんてしてないからか、学生時代に比べて胸が苦しい。準備運動も無しに走るのは良くないようだ。
「はぁ、はぁ、あの、ケンカはやめてください!」
「あ? 先公が何の用だよ」
呆気に取られていた1年生の2人だが、祐樹が教師だと分かると祐樹を睨んだ。
「いや、その、とにかくケンカなんて物騒なことはやめましょうよ……あ、火鍋も煮えてますし」
ケンカを止めたかった祐樹だが、止めるための言葉を何も考えていなかった。何にもまとまってない言葉を発し、視線に入ったグツグツと煮だっている火鍋を指差した。良い香りも漂っている。
「まぁ、そうだな」
「え?」
朱里の言葉に、祐樹と1年生の2人は同時に驚いた。
「先生が言うなら仕方ないよな」
「火鍋の途中だったし」
涼花、奈月も朱里に続き鍋の周りに座り始めた。こんなことでケンカを辞めるとは到底思えなかったがなんとなく収束に向かっている雰囲気に祐樹は安堵した。1年生2人は目を丸くしている。
「お、おい! なんで先公の言うことなんて聞くんだよ!」
緑のジャンバーを着た生徒がチーム火鍋に駆け寄る。驚きもするだろう、教師に反抗するのがヤンキーなのだから
「よく聞け1年」
朱里は箸を持ちながら話し始めた
「その先生はな、クレーンゲームの達人なんだぞ!」
朱里はまるで衝撃の真実でも話すような勢いで言葉を発した。内容に関してはそれほどでもないが、と祐樹は思った。
「なんだって! こんなのが!」
「マジかよ……」
自分取り柄も何も無い人間に見えるのだろうか。2人は珍しいものを見るかのような目で祐樹を凝視している。
「狙った獲物は逃がさない、それがこの先生のモットーだ」
「いやぁ……」
美音が自慢げに話すと、祐樹は頭を掻く。褒められるのは満更でもなかった。
「しょうがねえ、今日のところはおとなしく帰ってやるよ。行こうぜゾンビ」
「ああ」
カミソリ、ゾンビと呼び合う2人は祐樹を睨むと祐樹達の元から立ち去った。とりあえず乱闘騒ぎは起こらなくて済んだようだ。
「あ、先生も食べねえか? 器も余ってるし」
美音が空の器と箸を祐樹に差し出した。
「先生、昼飯食ってねえなら一緒に食おうぜ」
朱里の言葉で腹が減っていたのを思い出し、食欲をそそる辛い香りがする火鍋を見た。今日は彼女達にごちそうになろう、祐樹はそう思い美音の隣に座った。
「皆さんは、さっきの生徒達のこと知ってるんですか?」
朱里に装ってもらった具を食べながら祐樹は聞いた。
「先生なのに知らねえのか?」
朱里が首をかしげる
「なにぶん、2年生担当なもので」
「あいつらは1年生のコンビ、カミソリとゾンビ。本名はカミソリが小嶋
真子でゾンビは大和田
南那って言ったけな。最近強いって話題になってな、あいつら2人で1年生全員倒したらしい」
ええっ、と祐樹は驚いた。なぜならそんなふうには見えなかったからだ。彼女達を間近で見た際、とても可愛らしい顔立ちをしていると祐樹は思っていた。しかしそんなことを言ったらチーム火鍋だって同じようなものだが。
「なんでカミソリとゾンビって言うんですか?」
この疑問に対して、今度は涼花が説明した。
「実際に受けたことはねえが、カミソリの武器は手刀らしい。相手に向かって手刀を振ると皮膚がスパッと切れるとか」
涼花は手を横に振るような仕草を見せる。火鍋の汁がピっと飛んだ。
「そしてゾンビは倒れても倒れても、また立ち上がる。まるでゾンビのようだから。という理由らしい」
「なるほど。あ、そういえばどうしてケンカをやめてくれたんですか?」
「いやいや、先生が辞めろって言ったんじゃねえか」
祐樹の言葉に玲奈が笑う。
「確かに言いましたが本当にやめるとは思ってなくて」
「やっぱりクレーンゲームが上手いからだな。あと時計くれたし」
チーム火鍋は全員、炎のマークがデザインされた腕時計を付けている。これは美音とゲームセンターに行ったときに美音にねだられ、祐樹が獲ったものだった。もちろん500円で5個というそつのないプレイで。
実際、美音と玲奈以外は祐樹のクレーンゲームのテクニックを見たことが無い。それでも身内に目撃者が居るのと居ないのでは大きく違うようだ。
子供の頃にゲームが上手い友達を神と崇めたりするのと似ているのだろう。学生時代にゲームセンターばかり通ってたのが良かった、と祐樹は思った。