02
祐樹が学校を出るときには午後9時を過ぎていた。
この時間帯になってくると、帰りに通る商店街は閉店時間を迎える店が多くなっていた。亜粗美菜もやっていない。
夕飯を買おうと思っていた祐樹だったが、食品を扱っている店はコンビニしか開いていないようだった。
個人商店の方が商品の値段が安いためコンビニはあまり活用していない。
祐樹は適当に弁当やペットボトルのお茶を買い、コンビニを出るとアパートの方へ歩き出した。
商店街の出口に差し掛かった頃、煌々と光る店があることに気づいた。小さなゲームセンターだった。
いつもなら周りの店の灯りであまり目立たなかったが今日は周りが暗いからかより目立っている。
「久しぶりに入ってみるか」
この高揚してくる気分はよく通っていた頃と変わっていなかった。
店内に入るとアーケードゲームの音が響いていたが、人の姿は全くなかった
マジ女の生徒がたむろしているかと思い、構えていた祐樹は拍子抜けした。名の知れたヤンキー高校であれば非行が多そうなものだが、実はそういう話しに関して祐樹はほとんど聞いたことが無かった。
まあケンカ自体が非行でもあるのだが、
店内をウロウロしていると奥の方から若い女性の声がした。祐樹には聞き覚えのある声であった。
「うああ! また取れなかった!!」
「……これホントに取れんのかよ」
クレーンゲームが多く並べられてるコーナーの方から聞こえてくる声に祐樹は近付いて行った。
「加藤さんと、向井地さん?」
クレーンゲームをしていた祐樹の声に2人は振り向く。
「あ? 誰だよ?」
クラスの生徒、加藤玲奈と向井地美音だった。
祐樹が担当するクラスで授業を行うとき、いつも食べ物の匂いが漂っている。この2人を含む5人の生徒が鍋物をしているからなのだが、それを祐樹は鬱陶しく感じていた。が、注意したところでどうにもならないとほっといていた。なぜ鍋物なのか祐樹は不思議だった。
マジ女には複数のグループが存在しているらしく、鍋物を食べている生徒達は皆、制服の上に赤いジャージや赤いものを身につけていた。あの5人はグループなのだろうと祐樹は思っていた。
「えっと、斉藤です……」
もっと堂々と喋りたい祐樹だが辛辣な口調に萎縮していた。
「だから誰だよ」
制服の上にジャージの上着を結んだ格好をしている向井地美音は祐樹を睨む。
「あの、あなた達のクラスの」
「あっほらウチらの担任の先公だよ」
祐樹が喋り終える前に、制服にジャージを羽織っている加藤玲奈が喋りだした。
「ふうん、そうなのか」
全く興味無さそうに言葉を発すると2人は再びクレーンゲームを始めた。
完全に舐められている。祐樹は頭を掻くしかなかったが、
それでも教師としてここは注意しなければならない。祐樹は殴られるのを覚悟で2人に注意をする。
「あの、もう夜中なんですから遊んでないで家に帰った方がいいですよ」
もっとビシッと言えれば良いのだが、やはり、萎縮してしまう。2人とも綺麗な顔立ちをしていたが、ヤンキーはヤンキー。目力は相当なものだ。
「なんだと? 先公がうっせえんだよ」
プレイをしていない加藤玲奈が祐樹を睨みつけた。その目は祐樹を蔑視していた。
やはり自分では何を言っても無駄なようだ。どうしたものかな、と祐樹は考えた。
ふと、2人がやっているクレーンゲームを見ると、そこには景品である腕時計が大量に並べられていた。
腕時計は取りやすそうに見えて実はかなり難しいことを祐樹は知っていた。
そのとき、祐樹はある作戦を思いついた。
「もし、僕がこの腕時計を1回で獲れたら注意を聞いてくれませんか?」
「えっ?」
2人は同時に振りむいた。
「そんな1回なんて無理だろ? ウチら何千円注ぎ込んだと思ってんだ?!」
向井地美音は怒ったような口調で祐樹に詰め寄る。
「そうだ。ふざけたこと言うんじゃねえ」
「だから賭けてみませんか?」
同様の口調で言葉を吐く加藤玲奈に祐樹は冷静に答えた
「だったらこっちにも提案がある。お前が取れなかったら火鍋の具材を大量に買ってもらうからな」
「わ、わかりました……」
祐樹は向井地美音にコンビ二で買った弁当が入っている袋を渡すと、クレーンゲームに100円を入れた。
ぜってー無理だな、しばらく火鍋代が浮くぞ、と後ろの方でニヤニヤ話している2人を気にせず祐樹はボタンを押す。
クレーンがゆっくり腕時計の方に向かっていく。狙っていた腕時計の上にクレーンが止まると下の方に落ちていった。そしてクレーンが上がると同時に腕時計がクレーンの左側に引っかかり元の位置に戻っていくのだった。
「う、うめえ……」
「マジかよ……」
2人は目を丸くして近寄ってくる。
「はい。どうぞ」
獲った腕時計を渡すと同時に向井地美音は持っていた袋を祐樹に返した。
「約束です。注意聞いてくれますね?」
まだ驚いた表情をしていた2人は顔を見合わせる。
「……ちっ、つまんねーの、行こーぜ」
「お、おう」
悔しさからなのか軽く舌打ちをして去っていく加藤玲奈に続いて向井地美音も去っていった。
向井地美音はしっかり腕時計を持っていく。
祐樹は、ふう、と軽く安堵し時計を確認した。
もう時刻は10時を過ぎていた。