06
まだまだ肌寒い夕暮れ。煙掛かったような街の景色。車の走る音がひっきりなしに耳へ入ってくる。何か余韻に浸ったようなそんな感覚を島崎遥香は感じていた。誰も居ない屋上から景色を眺めるのが好きだった。
楽しいことは何もない。1年前まではそんな風に感じていた。マジ女でてっぺんを取ったのは自分の意思でもあったし求めていたことだ。だがいざなってみるととてもつまらないものだと気付いた。自分を慕ってくれる後輩は居たもののそれで満たされることは無かった。この屋上かラッパッパの本拠地の音楽室の奥の部屋で寝ていることがほとんどだったそんなある日、マジ女の雰囲気が変わっていくのを感じた。
「島崎さん」
背中に呼びかけられた声に振り向く、そこら中に居そうな何の変哲も無さそうな男が笑顔で立っていた。この男こそがマジ女を変えた張本人。そして自分の後輩ヨガの恋人であり教師だ。
「ちゃんと2人の卒業式に来てくれたんですね」
「まぁな。可愛い後輩だからな」
祐樹が遥香の隣に立つ。遥香は前を向いたまま応えた。
「島崎さんはどうするんですか? いつまでこの学園に」
「......お前がこの学園で教鞭を振るってる間は居るだろうな」
「僕ですか?」
「ああ、お前は面白い。言っておくが私と会話するのも珍しいことだぞ」
遥香は祐樹の顔を見て含み笑いをした。とても白い肌だがその笑みはとても可愛らしかった。一瞬恋に落ちたようにドキッとしたした祐樹は思わず正面を向く。
「そう言ってもらえるのはありがたいですね」
「あのヨガが好んだ男、私も興味がある。ただ貞操は相当緩いようだがな」
会話をして間も無いのに遥香は祐樹の中身を言い当てる。
「それなのにあいつらはお前の優しさに惹かれている。あんなに楽しそうにしている姿を見たのは初めてだ」
「皆んな強がってても中身は年頃の女の子ですからね。普通に恋愛したり青春したいんですよね」
「青春か......」
そう呟いた遥香は祐樹の方を向き、髪を耳にかける仕草をした。それに気づいた祐樹も遥香の方を向き白い肌の中にある黒い瞳を見つめた。
「なぁ、少しだけ目をつむってくれないか」
「目を、ですか?」
「ああそうだ。少しだけな」
黒い瞳に吸い込まれるような感覚に襲われていた祐樹はゆっくり目を閉じる。
1つ2つと数字を数えると祐樹の唇にしっとりとしたものが触れた。驚き、パッと目を開けると目の前には遥香の顔があった。触れていたのは遥香の唇。
遥香の唇が離れていく。おそらく一瞬の出来事だったのだろう。だがとても長く感じていた。朱里と初めてキスをした時に朱里が言っていたことを思い出す。
「島崎さん......?」
「ふう、こんなものか。だが気分は良い。しかしお前の唇は色んな女の味がするな」
遥香は唇をペロっと舐めた。