あぶない体験

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あぶない体験
絵里と千春5
本当は、葬儀に出ようか出るまいか一瞬考えた。でもあれから何年も
経っていたし、亡くなった人間に今更恨みつらみもないだろう。ちゃんと
焼香の1つでも上げないとって。元々は幼馴染に近い仲間だったし
後はあんな喧嘩別れした後だけど、やっぱり千春の事が心配でもあった
から。まぁお人良し何だろうね俺。

転勤先の街を走りぬけ、途中で高速道路に上がる。高速道路を走って
いると、その時の最新バイクが俺を追い越した。もう俺のバイクも、
結構な年数と距離を走っていて、きちっと整備はしていたが、やはり
エンジンはややくたびれてきてた。そろそろ買い替えの頃かな?なんて
思っていたが愛着もあるし

そして何より、このバイクがあったから、絵里と出会えたんだよな。
そんな、彼女と作った思い出を否定するような気もして、何となく
買い替えを躊躇させてもいた。

やがて故郷に近づく。この頃になると、街の雰囲気も少しだけ変わって
いて、新しい国道やコンビニ。郊外に大型ショッピングセンターが出来て
いたり、でも変わらず潮の匂いと、漁港に並ぶ漁船群。街は穏やかに
時間が進んでる感じ。

都会での忙がしさとしがらみ。時間に押され、人にもまれて何となく帰り
そびれていた。けれど、見知った街並みが見えるにつれ、懐かしさが
込み上げて来て。帰る所がある分、俺は幸せなんだろうなって思う。



夕方日も暮れた頃、実家に着くと荷物を置くのもせわしなく、千春や俊夫の
事、今の様子を色々知りたい。俺は祖母に晩御飯、外で食べるからと
伝えて、仲間も何人かいるはずだし、早速のぼるの居酒屋に向かった。

暖簾をくぐると客はまだまばらで、早速カウンターに座り、挨拶もそこそこに
のぼるに俊夫の件をたずねてみる。

「よぉwのぼる、ごぶさた」

「おぉゆうじ、連絡聞いて帰ってきたかw 明日の俊夫の事な?ちょっと
待ってろよ、今一品出したら手が空くから」

そこから聞いた俊夫の件だが、漁船上で機械を操作中に誤って機械に巻き
込まれて大怪我をしたらしい。遠洋だったから、きちっとした治療も出来ず、
そのまま命を落としたと聞いた。 

「まぁ、時々そんな話しを聞くけれど、俊夫の場合は出血が酷かったらしい」

「…そうか…それきついな。他の皆は?千春とかも葬式に出るのか?」  

「あぁ、明日の葬儀、俺も斎場に行くから一緒に行くか?」

「すまんな、頼むよ」
翌朝、のぼるの車で仲間の何人かと合流。そのまま斎場に向かった。

斎場に着き、受付を済ませて屋内に入る。喪主が俺がお世話になっていた
運送会社の社長だと気が付いた。あれ?千春じゃないのか?そういや籍を入れて
ないって言ってたしな…でも、どう言う事だ?そして辺りを見廻すとやや離れた
遺族席に千春と3歳くらいの女の子が一緒に座っていた。

千春は俺に気づくと無表情で頭を下げ、子供にも挨拶をさせる。そして、
そのまま俊夫の遺影に向きなおした。その顔は感情を忘れたかのよう。
悲しいのかそれとも感情がついていかないのか。子供は千春の子?

人も多く、友人としての出席なので末席に座り、千春との距離もあったから
声は掛けそびれていた。葬式が始まる。喪主の社長の挨拶、そこで初めて
俊夫が社長の息子だと知った。のぼるに聞いてみる。

「ゆうじ、お前俊夫が運送会社の社長の子だって知らなかったのか?」

「あぁ知らなかったよ。のぼるは知ってたの?」

「知ってた。社長が愛人に生ませた子が俊夫だよ。あんまりおおやけに
出来る話じゃないけどな」

「は?…。でも社長の奥さんも、俊夫の母親も今居ないよな?」

「どっちも今は墓の中さ」  「………そうか」
なら喪主の件も納得できる。振り返ると俊夫の生い立ちはけっして落ち
着いたものじゃなかった。学生の頃はいつも喧嘩してたし、不良少年と
してまわりから避けられてもいた。ただあいつの人懐っこい笑顔を俺は
知っているし、根は悪いやつじゃない。だから友達付き合い出来たんだ。
まぁ、千春の件はあるんだけれど…。

そして運送会社を退職する理由を社長に話した時点で、社長は息子が
自分の社員の嫁を寝取ったって事を、知っていた事になる。


式は恙無く終わり、火葬場へ。そして煙突を仲間達と見上げていた。
俊夫あっけなく、あっちに行ったな。。。千春はこれから…


「…ゆうちゃん」
振り返ると千春がそこにいて、手を繋いでさっきの女の子もいた。
喪服を着ているせいか、俺より年上のように落ち着いて見えて。
葬儀の忙しさのせいだろう、やや疲れも見えるけれど、その雰囲気は
前にあった時よりも、幾分生気に満ちた顔をしているようには思えた。

「久しぶり。俊夫の事、色々大変だったと思うけど、その子…は千春の?」

「まぁ大変だけどね…。子供はあたしの子だよ。ほら挨拶なさい。」   

「こんにちは」  
その子に笑顔でこんにちはって返すと、恥ずかしそうに千春の後ろに
隠れた。人見知りしてるみたい。

「千春の子供の頃に似てるw。人見知りするところもそっくりだなw」

「そうかなぁw言う事聞かなくて困ってるよ。ところで何時までこっちに
いるの?」

「明日には帰るよ。」

「明日か…もう少しこっちにいないの?話しがあるし渡したい物があるの」

「いや仕事がなぁ、何?渡したい物って」

「それはちゃんと話しをしてからでないと渡せないんだ。仕方ないね。
じゃあ今度は何時こっちに帰ってこれるの?」

「なんだそれ。特に決めてないけど…。千春もまだ落ち着かないだろう?」

「あたしは何とかするけれど…。それじゃあ今度のゴールデンウィークとか?
帰ってきてよ」

「ゴールデンウィークか…、ん。何とかするよ。嫌な話じゃないだろうなぁw?」

「どうでしょうw?きっと帰ってきてね。今日はまだバタバタしてるから、じゃあ
これで」
千春から電話番号を教えてもらった。帰ってくる日が分かったら電話してくれ
との事。

「千春、うまく言えないけれど…気を落とすなよ。」   「大丈夫だよ」
少し寂しそうに微笑むと、女の子の手を引いて火葬場に戻っていった。
その女の子に手を振ってみる。はにかみながら女の子も手を振り返してくれた。
これから子供と2人で大変だろう。でも何もしてあげられないしな。
いっそ俺が世話をしたほうが良いのか?いやいや…それこそ俺のおごり。
勝手だな。あいつにはあいつの都合もある。てか、何言ってんの俺?


時間は偉大だと思う。千春とは、2人小さい時から色々あった訳だけど、
その時は少しの冗談も言いながら、普通に会話が出来た。時間が色々な
事を流してくれたからか。もう許すとか、許さないとか、そんな事は気に
ならなくなっていたし、子供もいる今、遠い過去の事としていつの間にか
俺の気持ちがそう判断したんだろう。


他に火葬場で社長の方から声を掛けてくれて、俊夫との事で頭を下げら
れた。いや、もう終わった事ですし、気にしないで下さいと伝え、少し話しを
したんだ。社長は自分のせいで、俊夫に親らしい事をして上げられず
いつも寂しい思いをさせてきた、不器用な所は俺譲りであいつの気持ちを
汲めなかった。先に逝ってしまわせたのは、俺の責任だ。後悔していると
涙を流した。

なんて言葉をかければ良いのか、俺も困ってしまったが、千春の事よろしく
お願いしますと伝えると、静かに男泣きしながら、彼女と子供の事は任せて
おいて欲しいと俺の手を両手で握り返す。なんだか違和感を感じつつも改めて
よろしくお願いしますと答えた。

年齢を重ねる。月日が流れるのは早い。俺もいつの間にか30歳を超えて
いた。



自分の街に帰って来ると、また仕事で忙しい日々が始まる。

千春と約束したゴールデンウィークまではあっという間だった。しかし
仕事もより責任のある業務を任されていた事もあり、結局ゴールデン
ウィークに帰る事は出来なかった。その事で千春に電話をして、その後
改めて、6月に何とか休みを取ることを約束した。

そして雨も良く降る、梅雨に入った6月の最終週、何とか休めるように
仕事を調整できた。帰る前日に千春にそっちに帰ることを連絡し、改めて
故郷に向かった。

実家に着くと彼女に電話を掛けてみる。コール。そして繋がる。

「もしもし、ついさっきこっちに帰ってきたよ」

「そうなんだ、お疲れさん。そしたら明日の3時頃にいつもの場所で
待ってるよ」

「のぼるのとこね。了解」

「違うよ。二人のいつもの場所、忘れた?」

「あぁ、そこね?あそこでいいの?」

「そう、そこがいいのよ」  「じゃあそこにお昼の3時ね、じゃあ」

「はい、おやすみ」
短い会話だが気心が知れているから、それだけで分かる。

2人の場所って言うのは、俺の実家の近くの堤防。漁港のすぐ側でガキの
頃から、千春とよく2人で海を眺めていた。そこで2人色んな事をしゃべって
その日あった事や将来の事、喧嘩をした時も、話し合って仲直りした場所。
あそこに行くのも久しぶりだな。それからその日は疲れもあって、早くに
眠りに付いた。


次の日の朝、午前中は祖母の頼まれ事があってバイクで移動し、用事を
済ませ、待ち合わせの時間も迫ってきたので、そのまま堤防までバイクで
向かった。途中缶ジュースを買い、堤防に着いたら千春は既に堤防の上に
座って待っていて、俺に気がつくと小さく手を振った。

バイクをすぐ側に止めて千春に声を掛ける。

「ごめんよ。待った?」
「今来たところ、こっちこそ色々無理言ったね。ごめんごめん」

海は凪いでキラキラ光ってる。遠くに漁船と灯台。うぅん♪どっかのドラマ
のシーンみたいだなぁって考えたのを覚えている。海風が心地いい。
雨もここ2、3日降っていなかった。子供は?って聞くと母親が預かって
くれているらしい。缶ジュースを渡してしばらくは2人海を眺めていた。

やがて千春は海を眺めながら

「あの…前のね、居酒屋で色々きつい事言ったよね。あれ、ごめんね」
「あぁあれな、もう良いよ。千春が何であんな事言ったか今は分かるし」

「へぇ。分かるんだ?」
「俺もさ、絵里…前の彼女な、あいつに酷い事言って、ほっぺた叩かれた」

「あの娘が?そうか…」
「うん、結局さ他に男作ったんだ。んで嫉妬した。千春も俺に同じ事思った
んじゃないのかなって」

「あぁ…まぁそう言う事にしとくわw…、それで彼女とはもう終わったんだ
よね?」
「終わった。喧嘩して、でももう一回話しをって絵里の家行ったら、もう引っ
越してそれっきり」

「追いかけなかったの?実家とか?」
「うん。それが絵里の答えだと思ったし、もうこれ以上恥ずかしい事出来な
いなって」

「ゆうちゃんらしいけれど…。きっとあの娘待ってると思うんだけど、違う?」
「違うだろ」

「あたしはね、ずっと待ってた。あんな事になっちゃったけれど、いつか迎え
に来てくれるんじゃないかって思ってたよ?勝手だけどねw」
「おいwそれ随分じゃないかww本当勝手だなw」

「俊夫ね、ずっとあたしの事が好きな事知っていたの、でもあたしはゆう
ちゃんだけだったし、ゆうちゃんと結婚して、子供生んで、普通に家族が増えて」
「…うん」

「それ以外考えてなかったし、でね。何時もの様にのぼるんとこでご飯食べて
ちょっと飲みすぎてね。俊夫に送ってもらったのは覚えてるんだけど…」
「……」

沈黙…そして俺の顔を見つめながら

「気が付いたら、のぼるがあたしの上に乗っかってて…。いやだぁ!って」
「!……」

「やめてって言ったんだけど、力はいんないし、結局ね。そのまま…」
「それ…って」

「でもさw 不思議なんだぁ…、嫌なのに……ね。身体の方は準備でき
ちゃうの。……ちゃんと感じるんだよ…」
「……」

「あたし…。ね。はしたない女なんだなぁって。ゆうちゃんが居るのにって
そんな……ね。自分が…嫌で…さ。濡れるんだもん」

…千春はやがて声を殺し、両手で顔を覆う。そして嗚咽…。

あえて、濡れるという言葉を使い、自分を下げた言い方をする千春が
痛々しかったし、俺も衝撃を受けてきっと顔に出ていたと思う。

でも重苦しい雰囲気なのに、空の色は青く、何もない様に海は穏やかで。
潮の匂いを風が運ぶ、話の内容と現実の景色とのギャップに戸惑った。


どれほど時間がたったかな?涙をぬぐうと俺の顔をしっかり見つめて、
笑顔で俺に話しかける。

「…でさ。そんな事あってから、何度もね。ゆうちゃんに話さなきゃって。
何度もね。思ったんだよ?でも。ゆうちゃんのお父さんの事聞いてたし、
浮気を知ったらゆうちゃんなんて思うだろうって。怖かったんだ…」
「その時に言ってくれたら…」

「本当に?あの時言ってたら許してくれてた?自信あるの?」
「ごめん。…その…分からない。で…も無理やりだろ?」

「最初はね。でも、あたしがこんだけ困ってるのに、ゆうちゃん何にも知ら
なくて、仕事がどうだ、のぼると店でどうだって。全然普通にしててさ。
なんかね、それがすごく腹立ったの、あはっ勝手だなぁあたしw」

「それからね。あぁ、あたしはどうせ、そんな女なんだしって、もう俊夫の誘い
にも普通に応えて…どうでも良くなっちゃて…ねwあぁあ。」
「……」

「そしたらね。来るものが来なくなっちゃって…。どうしようって。バカだよねw
俊夫に相談したら、俺が何とかするからって、ゆうじにちゃんと話しつけるって、
俺の家にとにかくこいって。そんで俊夫とその友達で荷物運んだの、むちゃ
くちゃだよね、いよいよ後戻りできなくなってさ」
「そう…なんだ」

「あの時って冷静じゃなかった。あたしもゆうちゃんと話すって俊夫に言った
けれど、身重ならもしもの事があるから、家に居ろって」
「それで、あの時のぼるの店でって事か」

「そう。でも結局赤ちゃんできてなかったんだ。あんな時だったし精神的なものだっ
たんだろうね。まぁ、よくある話しだよねぇww」
「千春…全然笑えないよ…」

「…ごめん。あれからゆうちゃん居なくなっちゃったし、仲間内からは色々
言われてたから、辛くって。俊夫も本当は悪かった気持ちがあったみたい
でね。そんなだから2人うまく行くわけないじゃん?」

「あたしがゆうちゃんの事ばかり考えてるの分かってたから、喧嘩ばかりして
そしたら俊夫、船に乗って俺の事見てもらえるよう、仕事頑張るからって
2人別々になったら、気持ちの整理も付くだろうって」
「……」

それから俊夫は遠洋漁船に乗り込み、俊夫の行いを知っている、運送会社の
社長は、2人を見かねて千春を事務員として雇い、千春の事を見守っていた
そうだ。確かに俊夫らしい。な。

……千春はできるだけ面白おかしく話そうとしてたんだけど、その笑顔は涙で
濡れてて目は赤く、本当に悩んだんだろうと思う。

ただ千春が言ったように、正直その時にその状況を話してくれていても、俺は
千春とそれまでと同じ様に、一緒にいられたのか?そこは自信がなかった。

「女って損だねぇ…w、生きるのって大変w浅はかだよなぁ」
「でも今は子供が居るじゃないか、俊夫の子供をこれから育て…」

「…俊夫の子じゃないよ」

「え?」


海風に流れる千春の髪と横顔を眺めていた俺。


絵里との事も、時間が全てを綺麗な思い出に変えてくれるんだろうか?

日差しが来た時よりも少し傾いて、波が少し立って来たと思う。ただ俺と千春は
海を眺め、過去をさかのぼっていた。そして千春の本当の気持ちと、絵里は
本当に生きる事に一生懸命で、誠実な女性だった事を知る事になる。


迎夢 ( 2014/06/01(日) 05:17 )