あぶない体験

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あぶない体験
絵里と千春4
別れるにしても、やり直すにしても、絵里とはちゃんと話し合うべきだったとは
思う。だけど当時は理屈で理解していても、心の整理が付かなかった。。。
いつも嫌われないよう、好かれるよう。そんな風に行動したつもり。でも現実は
誤解されたり、嫌われたり。だからやり直すチャンスがあっても逃げてしまう。
少しの勇気と覚悟、それが俺にはなかった。

それに、絵里の部屋に秀さんが来た時点で、止めれば良いだけの話しで。
だけど、結果は自分が苦しむくせに、自分のエゴで絵里が抱かれるのを、
止める機会を放棄し、全てを台無しにした。自業自得なんだよ…俺な。



その後。
絵里は、俺と接触しようと、会社では俺の仕事書類やバイクにメモを挟んだり、
帰りを待ち伏せしていたり。でもメモや待ち伏せは無視。自宅に電話もあったが
出なかった。絵里の部署には出来るだけ関わらないように、やり過ごすように。
そんなのが数日続いたが、そのうち絵里もあきらめたみたいで。

ただ同じ会社だから、顔を見る事はあって。時々目が腫れぼったくなってたり、
明らかに元気がない日があった。そんな様子を見て気持ちは揺れたけど、
でもあの夜を思い出すと苛立ちと嫉妬が湧き出す…。結局何もせずにいた。

それからやっぱりと言うか、フラバに悩まされ、夜、夢うつつになると絵里と
千春が、他人に抱かれる様子で目が覚めて、もう何度目?眠れなくなってた。
だから、進んで残業や休日出勤。とにかく仕事に集中して、他の事は何も
考えないように、家に帰ったら酒を飲んで、そして仕事疲れとで眠るように
なっていたんだ。

そして、皮肉にも必要以上に仕事をした俺の社内評価は上がり、某都市で
開設予定の新営業所勤務を誘われる。迷う事なくOKをし、その準備で
更に仕事に追われだした。自宅は寝に帰るだけ。そうして、いつの間にか
絵里の私物の件も、俺の部屋の鍵の返却も、忙しさに忙殺されて、
うやむやになってしまってた。

一方、バイククラブでは、秀さんが公然と絵里と付き合っていると皆に話し、
ツーリングやクラブの集まりでも、これ見よがしに絵里の肩に手を回したり、
俺の傍に居ろとか言ったりして、その2人の様子に皆も気を使い、場の
雰囲気が余り良くないと聞いた。…まぁどうすることも出来ないし…な。


2、3ヶ月は過ぎた頃だったろうか。少しずつ引越し準備も始め、そうすると
絵里の私物をこのままにする訳にもいかず、自分で捨てたくなかったし、
持って帰って欲しい。その後は絵里がどうしようと、俺の関知する事で
ない訳だしさ。悩んだ挙句、思い切って会社で絵里に声を掛ける事にした。

2、3日した会社のお昼休み、絵里の部署に出向き声を掛けてみる。

「○○(絵里の苗字)さん、ちょっと今いい?話しがあるんですけど」
と敬語まじりの俺。絵里は少し驚いた表情を見せつつも

「…何でしょうか?ここでお話しできない事でしょうか?」

「ごめん。出来れば駐輪場に来て欲しいんですけど…」

「………。。。後で向かいますから、先に行ってて下さい」

「…はい」……はっw笑ってしまうくらい、よそよそしい会話…。



「お待たせしました。何でしょうか?」

「あの…絵里、今は2人だけだし、ここでは普通にしゃべらないか?」

「…いえ、○○さん(俺の苗字)は年上ですし、こうなったのは自分のせいです
から…」
無表情で目を合わせず伏し目がち。そこから絵里の感情を見てとれない。

「分かった。家の鍵まだ持ってますよね?○○さんの私物、今度の休日、
家に居ないんで、その間に鍵の返却と私物を取りに来て下さい」

「あの、鍵はこの後お返しします。ご迷惑でしょうけれど私物は○○さんで
捨てておいて…」

「絵里。少しでも悪かったって思うなら、頼むから引取りに来てくれ、色んな
事を思い出して気持ちの整理が付かないんだ」

沈黙。

「……わかりました……。ごめ…ん…なさ…い」
泣いていた?と思う。ほとんど聞こえない小さな声でつぶやくと、踵を
返し、そのまま走って行ってしまった。

ふぅ……短くため息をつく。これで良いだよな?


約束の休日、朝の8時には自宅を出た。そのまま休日出勤…これで夕方位に
帰ってきたら、絵里の私物もなくなって本当の終わりだな。でもひょっとして
家に居るんじゃないかとも思って、仕事をして、夕方自宅に帰る…。。。


と…。部屋の明かりがついていた、やはり居るみたいだ。はぁ…。仕方ない。
気持ちを切りかえ鍵を開けて部屋に入る。玄関には絵里の私物をまとめた
旅行バッグが置いてあった。

「あっおかえりなさい」   「絵里…何で居るの?」

「今日お仕事だったんでしょ?ご飯作ったから食べてもらおうと思って」

「そんな事しなくて良いよ。それに秀さんに怒られるぞ。もう帰った方がいい」

[秀さん]という言葉に絵里の顔が一瞬引きつったように見えた。

「…大丈夫だから、それよりご飯…」   「なぁ、何が大丈夫かさっぱり分からん」
まだメットを持ったままの俺を横切って、絵里はテーブルに料理を勝手に置き
始める。

「ゆうじの好きな物作ったから、食べて?ちゃんとご飯食べてないんでしょ?」
「…絵里」

「それから、お布団干しといたよ?お掃除も最近してないんじゃな…」
「絵里」

「そうそう、最近バイククラブのメンバーもね、ゆう…」
「絵里!!」

思わず声を荒げた。ビクッとする絵里。料理を置く手も止まる。
「もう。終わったんだって。お前は秀さんの彼女だろう?付き合ってんだろう?
今更何取り繕ってんだ?」

「あたしは…ゆうじとお付き合い…しています」   「はぁ???」
勝手な言い草にカチンと来てしまう。

「お前何勝手な事言ってんの?クラブでも皆秀さんと付き合ってるって言ってる
みたいだろうが、っもう良いから帰れ!」
 
「あ…のね。何でもする…から。転勤するんでしょう?あたしも…一緒につれ…」

「いい加減にしろ!!よその女に手を出すほど暇じゃない、何で俺が…」

「ゆう…じ。あたしはずっとゆうじの傍に…」
思わず顔をしかめてしまった。でも次の瞬間。

「あああああ!!!じゃあ何で寝たんだよ!!どれだけ俺がしんどい思いした
か分かってんの?じゃあ何か?秀さんと寝たのは嘘だったのかよ!」

「………ごめん…なさい」

…沈黙…

俺の胸の奥でどろっと何かが流れた。

「…どうせ、あれだろ?絵里から誘ったんだろう?お前のことだから、秀さん
押し倒して上に乗って腰ふり倒したか?あ?そんでシーツお前のでべちゃ
べちゃにして、秀さん喜ばせたんだろう?はw玄関の外まで声が聞こえて
たよw、あん、あんて…」

バシィ!!

…思いっきりひっぱかれた。こいつ!って顔を見ると、絵里は目にいっぱい
涙をためてて。そして頬を伝う。……「ひどい…よ」

そして気が付いた。千春が何で俺に暴言吐いたのか?…そう…か…。そう
言うことか…。俺やっぱ馬鹿だ…。

お互い言葉もないままに時間だけが過ぎて。絵里は俯いたままで。
前髪が顔を隠していて表情が見えない。でも、拳を握り締め涙がカーペットに
ポタポタ落ちていた。しばらく立ち尽くしていたが、やがて玄関に向かい
旅行バッグを手にすると「ご飯温かい内に食べてください」、そう言い残して
背中を向けたまま、絵里は静かに出て行った。

閉まる玄関扉。

テーブルを見ると俺の好きなおかず。出来立ての料理。そして鍵が1つ。

…俺何やってんだろ…。



春先になり日差しも柔らかくなった頃。引越しの準備もほぼ終わり、部屋の
中はダンボール箱だらけとなった。絵里はあの日以降、何度か数日間会社を
休みんだりして、気にはなったが、でも出勤してくると普通に仕事をしていたし。

って言うか、妙に明るくなったというか、良く笑っていたし、吹っ切れたのか?
それとも秀さんとの付き合いがうまく行ってるのか?廊下ですれ違っても、
「おはようございます!」って元気に声を掛けてきて。なんかこっちが気後れ
しちゃって、正直戸惑って寂しさ半分。でもそれはそれで良い事?何だろうな。

んで、引越す5日くらい前に、バイククラブで仲の良くなった、ごく親しい
メンバー3人が送別会を開いてくれた。労いと激励の言葉、思い出話しと
バカ話しに時間を忘れてたんだが、その中の1人が、

「お前さ、本当に絵里ちゃんの事いいのか?」

「いや…、まぁもう別れたしな。なんで?」

実はなって少し言いにくそうにして、ちょっと前のクラブでの飲み会の事を
話してくれた。その時も10数人ほどで、飲んでいたらしい。秀さんの隣に
絵里がいて、その時も絵里は、一緒に飲んで食べて笑って。みんなの為に
料理を取り分けて皆に渡していたそうだ。そしてすごくナチュラルに秀さんに、

「はい、これゆうじの分ね………あ

…ごめん…なさ…い」

皆も一瞬固まって、秀さんも、一瞬動作が止まったみたいになって、

「おいw又かw名前間違えんなよww」って秀さんは笑っていたらしいが
でもそれから、明らかに空気がおかしくなり、微妙に秀さんの顔が険しい。
絵里も愛想笑いをしながら、でも、だんだん元気がなくなって、それから
ちょっと席をはずしますってトイレに行ったっきり。途中で他の女の子が
様子を見に行ってたそうだ。

2人の感じからして、もう何度も名前呼び間違えてるんじゃないのか?って。
うまくいってなさげだと言われた。

「秀さんには悪いけれど、お前さ、もう踏ん切りついてんなら何も言わない
けれど絵里ちゃんは、まだお前の事、忘れてないんじゃないのか?」

「………」

「もう日がないけどな。一度会った方がいいと思うんだわ」 

「ありがとう…、考えてみるよ」


やっぱり。やっぱりな。女々しいよ。実は絵里の事…忘れられないでいる。
でも目をつぶると、秀さんに抱かれている絵里の姿が蘇り胸に突き刺さる。
どうしたい?もうこれで最後になるかも知れない。どうする?どうしたい?
堂々巡りの自分に苛立って来た。まんじりともせず、結局その夜は明け方
までずっと考え込んでいた。

そして、朝。

あぁ、もう。答えなんかとっくの前に出てたろうが!!

会社に行ったら、絵里に、絵里に声を掛けよう。そしてもう一度。もう一度
ちゃんと絵里と向かい合おう。そしてちゃんと2人で歩こうって。



…しかし。その日絵里は会社に来なかった。

それどころか4、5日前に退職していた。

絵里の部署で、絵里と仲の良かった女性社員にそれとなく聞いてみたら、
前から故郷に帰る準備を進めていたらしい。時々会社を休んでいたのも、
その手配の為。女性社員は俺と絵里が付き合っていた事は知っていて、
自分が退職するまでは俺に伝えないで欲しいと言われていたそうだ。

あぁあああああああああ!!!!なんで!!くそっ!!!

上司に、都合が出来たと無理やり会社を早退し、絵里のマンション迄バイクを
飛ばす。マンションが見えると、サイドスタンドを掛けるのももどかしく、
絵里の部屋へ階段を駆け上がった。

「絵里!!絵里!」
何度も呼び鈴を押してみたが反応がない。居ない事を認めたくない気持ちで
あの換気口から急いで絵里の部屋を覗いてみた。真昼間だし、住民に
見つかるかもだが、かまうものか!

でも…、中は壁に残る家具あとの染みと、窓から差し込む日差しと影。何故
だか景色はゆがみ出し…俺はヘルメットを床に思い切り叩きつけてしまった。

……絵里。


そして。

月日が2年と少し経った頃、新しい営業所での仕事にもなれ、気持ちに
余裕ができた。そして休日はやっぱり1人。バイクでぶらぶら。時々街で
絵里と同じバイクが走っているのを見つけると無意識に目で追う日々。

最近、営業所のある女性から、声を良く掛けられる、少し好意は感じるも
のの、なんとなく受け流し、そんな気になれずにいた。

その日も仕事を終え、自宅に帰り留守電を聞く。

「お母さんです。元気にしていますか?時々は連絡をしなさい。もう。それと
あなたの同級生の俊夫君。亡くなられました。葬儀があるそうですから、
これを聞いたら…」

え??…俊夫が???

前回からの里帰りからやっぱり3年程経っていたと思う。一気に忘れて
いた港町の様子と、潮の匂い。千春や俊夫とのやり取り、仲間たちとの
思い出が蘇る。…俊夫に何があった?千春は?

……そして俺は会社に有給をもらうと故郷に向かった。


迎夢 ( 2014/06/01(日) 05:16 )