本編
02
†先程射した一筋の光は薄れ、再び暗灰色の雲が心を覆う。
いつもそうである。地獄へ垂らされた蜘蛛の糸は脆く、天国はおろか地上へだ って戻れない。

…結局私は、人形としての存在価値を保たなければならない…望まぬ道をただひ たすらに進むしか…

 おもむろにベッドから飛び降り、クローゼットへと向かう。
寝室は至極殺風景で、セミダブルのベッドとクローゼットのみが置かれている だけ。
壁には全身が映るサイズの鏡が一枚、白で統一された寝室は、一切日常を感じ させず、まるでホテルの一室を思わせる。
クローゼットの引き出しから、紺の無地トレーナーとハーフパンツを取り出す 。 クローゼットの扉を開け、空いたハンガーを取り出し、制服のブレザーを脱 ぎ、皺がつかないよう掛ける。
制服はあまり好きではない、周りと統一される苦痛、飼い慣らされていく印。 だが、制服の持つ不思議な妖艶さが、私の人形としての価値を高める。私の様 な抜け殻でも、一時的には社会から存在を望んで貰える。
白いブラウスの第一ボタンへ指を添える。 その行動に、クローゼット内から の熱い視線を無数に感じる。
クローゼットの奥上部からは、CCDが着替えをする私の盗撮画像を配信している 。
この部屋には他に鏡の内側、天井中央、そしてベッドの足元側の壁面に盗撮中 継カメラが存在する。
ただ、勉強部屋とは違い、カメラを意識せずに行動しな ければならない。
集中する視姦の熱にも躊躇せず、ブラウスの上から順にボタンを外していく。
全てのボタンを外し、一旦肩に掛かる髪を両手で後ろにかきあげる。 その仕 草に、はだけたブラウスが揺れて開き、白いレース柄の下着が覗く。
少し髪型を気にしてから、ブラウスの袖から腕を抜く。
小振りな胸を包む下着が、滑らかな肌に眩しく巻き付いている。
下着から覗 く膨らみは、毛細血管までも浮き出させそうな白さである。
ややずれた下着の紐の位置を直し、スカートのホックへ手を掛ける。
雄達の 願望はじらされたいのかも知れないが、ホックを外したスカートが、床へと抵抗 無く滑り落ちる。
ルーズソックスに上下お揃いの純白で清楚な下着。
やや華奢 な体に良く似合っている。
別に白が好きな訳ではなく、一番需要が高いらしい だけの事である。 股間と臀部の下着のずれを指先で戻し、雄達に別れを告げる トレーナーとハーフパンツに袖を通す。
とたんに、憤りにも似た感情がカメラから‥どくどく‥と流れ出る。

…下着を取らなくたって明日も見るくせに…
やや乱暴にクローゼットの扉を後ろ手に締め、誰も居なくなった寝室を後にす る。

†「みんな、お待たせ。」

毎日ブラウン管に彩りを添える芸能人達、いつもこの感覚を肌で味わっている のだろうか。
常に一糸纏わぬ姿で晒されている感覚。
 自分を守る為の幾重にも重ねた薄皮。
 その層が厚くなるほど、私の体温は下 がっていく。 それを視線が乱暴に剥いでいく感覚。
髪は撫でつけられ、鷲掴みにされる…
瞳は常に視線を押しつけられ、奥底を覗いてくる…
唇は無差別に奪われ続け、発する言葉は見えない群衆を殺す魔法にもなる…
首から爪先までは、粘着質で湿り気のある蛞蝓が這い回る。それは、全身の至 る所へ絡み付き、隙間があれば侵入してくる…

…気持ち悪い…吐き気がする…視線でしか‥それも安全な場所からでしか女を犯 せない奴等…

…私の唇に舌を挿し込み、溢れた唾液で咥内を汚していく…
…咥内に飽きた舌先が、首筋から鎖骨を舐め回す…
…蛞蝓の這う鈍い輝跡を引きながら、鎖骨から乳房の勾配へと舌先は進む…
…円を描く様に乳房を堪能し、徐々に円を縮めて頂へと向かう…
…その頂を、舌先が捕らえる刹那…

‥はっ‥と我に返る…
一瞬の夢想で、腋にじっとりと汗が滲む。
微かな機械音が創り出すのだろうか、この部屋に居ると、四六時中催眠状態に も似た体験をする。
それは凌辱でしかないが、時として不思議と温もりを感じる時もある。 しか し、必ず私は無視される。

…私を観る人々の中に私は居て、私の中には私が居ないのだろうか…いつから私 は居なくなったのだろう…

迎夢 ( 2013/09/22(日) 22:33 )