case.7 堀未央奈
04
「パパ、この人が先に助けてくれたんだよ」

「ああ見てたよ、綾巴を助けてくれてありがとう」

「パパ、とはあなたの事だったんですか」

「んっ、いい男・・・血の美味しそうな人・・・」


「とりあえず黙っていましょうか」



男の名は颯と言う。かなりガタイの良い体格ながら、中身は悪い人ではなさそうだ。
だが渉はなぜか、彼から感じるものに不安を募らせていた。
まるで彼は、自分の正体を分かっているのではないか、と。


「パパ、暗罪黒兎って人見つかった?」

「いや、見つからなかった・・・」


含みのある言い方。もしかすると、彼はやはり気づいているのか。



「あんた、暗罪黒兎というやつを見なかったか」

「いえ、見てませんね・・・」

「・・・そうか。やつを追ってるんだが、どうもこの人混みでは見つからないか・・・」

「・・・追ってる?まさかあなたは警察の方で?」

「いや、警察とは無関係だよ。いたって普通の会社員さ、っと、あまり話してられない」

「淳おじさん?」

「ああ、あいつのとこ戻らないと。それじゃあんた、ありがとうな」



と、去るかと思ったその時、渉は颯に呼ばれ、耳元で告げられた。




「!!」




未央奈の家に帰ってきた渉は、あの言葉を思い出していた。
血を求めて発情する未央奈を押し戻しながら、意味を考えた。


「ねぇ、最後に何か言われてたんでしょ。何?言いなさいよ」

「・・・ナイフを」


渉はナイフを使い、自分で指を切った。未央奈は子供のように喜んで、指をしゃぶった。


「血をあげますから、これは秘密という事でいいでしょうか」

「んん、わかったわよぉ」



あの男も敵か味方か区別がつかないが、追っていると言っていた以上、味方の可能性は低い。
明日以降、逃げ出すにはどこを通ればいいのか。今は深く考えても答えは出ない。
明日に備えて、渉は寝る事にした。



「もう寝ちゃうの?」

「ええ、なんだか落ち着きません。明日に備えて寝ます。未央奈さん、毛布か何かありますか?」

「毛布って、まさか床で寝るつもりじゃないわよね?」

「ええ、そのつもりですが」

「何言ってるの、一緒の寝床があるじゃない」



ついさっき、血をあげた未央奈だ。興奮が頂点に達し、完全に一線を越えようとしている。
渉はそれを避けたかったのだが、既に未央奈に手を引かれ、後ろから抱き締められていた。



「わかる?あなたの血で、私の心が高ぶってるの・・・あ、ダメ、もう我慢できない・・・」


また血を、と思ったら、今度は渉にキスをした。キスをしながら、未央奈は手慣れたように下着をとっていく。数々の男とこうして関係を持って、最後に懐の凶刃が命と血を吸う。
まさか同じ目に遭わないだろうか。未央奈のことである。可能性は否定できない。



「んんっ、あぁん・・・体が、熱くて熱くて・・・ねぇ、ウサギって確か万年発情期なんでしょ?」

「ウサギは地球の生物で最弱と言われている動物です。絶滅を防ぐために進化したのが生殖能力で、オスもメスも常に発情しています」


「ウサギって、人に似てるわよね。人だって物がなければ弱いし、発情したら意地でもセックスしようとするわよね?童貞君なんか特に」

「う、うーん」

「ただ違うのは、夢を見るかどうかよね。あのグラビア美女と結婚したい、アイドルと結婚したい。そして毎日でもセックスしたい。叶うのは星の数の中から選ばれるような確率で運を使う人よ」

「・・・まあ、そうでしょうね」

「でもね、そういう感情を感じられるから自己愛という感情もあると思うの。夢のような確率よりも手軽に快感を得られる方法が、この世にはたくさんある」

「・・・」


「私もそう。夢を見るより簡単に手に入る幸せを感じたいの。あんな、大きな夢なんか見なければ・・・」


この言い方。未央奈は過去に何があったのだろうか。元から血が好きだったわけではないようだが、今のような人格になるまでにどれほどの事があったのか。
それを気にしつつも、興が削がれる前にセックスをしなければ、未央奈は満足してくれない。
渉は未央奈の体を擦りながら、二度目のキスをした。

壮流 ( 2017/08/26(土) 02:22 )