08
怪しまれずに佑唯の元へ行くため、咲良と渉はカップルを装って街を歩いていた。マスクをして顔を隠しているため、咲良の顔は目だけしか見えない。そしてその目は、何か幸せそうにトロンとしていた。
「ん・・・ん、ふぅ・・・」
黒コートのポケットに、渉の手が入っていた。実はそのポケットは中が破けていて、その破けた先は咲良の体に行き着くのである。
渉の手はポケットの穴から咲良の体の一点だけに集中して動いていた。
端から見ればゴソゴソ、しかし中では、その手が咲良の秘部を責め、くちゅくちゅと水音をさせながら動いていた。
「そろそろ教えてください、佑唯さんはどこでしょう」
「んん、あ、ふぁ・・・あ、あの、信号を渡って、右に・・・」
「・・・それから?」
「それからぁ・・・あ、いっ!」
「ダメですね、手を止めないと」
「いや、止めないでっ、言うから!・・・右に曲がって、◇◇ビルっていう建物の三階に・・」
言われた通りに進むと、◇◇ビルという名前が目に入った。そこに佑唯はいる。渉は足取りを早くしたが、ビルの目の前にいた男達に気付き、足を止めた。
「・・・裏に来いよ。ついでにその女も連れてこい」
「いいでしょう」
ビルの裏は駐車場だった。人目につかないよう暗いところまで来ると、男達は渉を大きく取り囲んだ。
「白兎夜渉。大層な名前な事で。いくつ名前を付けたのか分からねえけど、てめぇの名前には共通点があるんだ」
「・・・ほお、どんな共通点が?」
「てめぇの名前には“兎”の文字が入るんだよ。ほんでもって、てめぇの口癖はこうだ。“自分、白ウサギと言います”」
「・・・」
「そんな妙竹林な口癖を話すやつはお前しかいねぇからな、この街にやって来たのを、部下がすぐに確認できたぜ」
「で、用件はなんでしょう?」
「決まってんだろ、てめぇに台無しにされた大金を返してもらうためにここに呼んだんだ。わざわざ人質までとってな」
「佑唯さんを返してください、彼女は何も関係ありません」
「ふん、なら、大金と人質を交換といこうじゃねえの。あの時手に入るはずだった売り上げ・・・9000万円を払ってもらおうか」
人が一生をかけて働いても手に出来ない額である。一体何を売ったらそんな金額になるのか。宝石、土地、様々な憶測は出来るが、渉はそれを隠さず、淡々と話し始めた。
「・・・あの子の価値は9000万円なんかじゃ足りません。いや、人の命と幸せは金じゃ買えません。従って、そっちに払う金はびた一文無い事を教えてあげましょう」
「・・・おい」
「へい」
部下の一人が車の陰に身をかがめると、そこから引っ張られてきたのは佑唯だった。口を塞がれ、縄で縛られていた。
「払わねえってんならいい。こいつの命をもらうぜ」
「んん!!んんっん!」
「ふん、残念だがお嬢ちゃん、この男は今、俺の言葉に対して“ああ、好きに頭をぶち抜け”って、目で語ったぜ」
「・・・!!?」
「こいつはな、仲間も味方も裏切るクズ男、“黒ウサギ”なのさ。お嬢ちゃんには悪いが、こいつの目の前で死んでもらうぜ」
「んんっ!!んん!!!」
涙を流しながら首をぶんぶんと大きく振る佑唯に対し、渉はサングラスに手をかけて立ち尽くしていた。
まさかこの男が言った言葉は本当の事なのか。捕まった直後の話で言っていた事も、本当の事なのか。
今の渉からは、凍てつくような空気しか感じなかった。
(渉さん!助けて!)
「・・・お待ちいただきましょう、神崎さん」
「・・・?・・・どうしたよ」
「彼女に手を出したらどうなるか、教えてあげましょうか」
「・・・ふん、その脅しにゃ乗らねえ・・・」
「・・・では」
「・・・ぐっ!?」
「何!?」
佑唯を連れてきた男の額に、渉は正確にナイフを投げつけ、見事に突き刺した。
男はナイフを勢いで抜くが、気孔を刺され、おまけに血を吹き出して、そのまま意識を失った。
「て、てめぇ!?」
「渉さん、嘘・・・目が血走ってる!?」
(白兎夜さん!?)
「・・・この目・・・奴だ・・・“黒ウサギ”の目だ!」