case.4 桜井玲香
02
「その子を放しなさい」

男は威嚇しようとするが、女性の目があまりにも殺気だっているため、後ずさりをしてしまった。その隙に佑唯は男の足を思いきり踏んだ。


「ぐっ!」

「いやっ!」

「待て、ぐふぅ!?」


足の痛みに怯んだ男の顔に、女性は上段蹴りを打ち込んだ。理解できない状況に怯み、男は慌てて逃げていく。女性は佑唯に顔を向けると、先程の顔とは一転して柔和な笑顔を見せた。


「大丈夫?この辺は暗くなったらああいう男が多いのよ、早めに家に帰りなさい」

「あ、あの、自分は宿に・・・」

「宿?そう、そしたらそこまで連れてってあげる」

「ありがとうございます・・・」



突然現れた女性は白石麻衣と名乗った。ポニーテールに結った長髪と、暗い中でも分かる綺麗な肌が印象的である。年齢は20代とみたが、あの蹴りはとてつもない威力だった。
実はとても気の強い女性なのかもしれない。


「この町の子?」

「い、いえ、旅をしてて、この町に来たんです」

「旅?一人?」

「いえ、一緒に旅をしてる人がいるんですけど・・・まだ追い付かないのかな」

「て事は、戻ったら会える感じね。じゃ一度戻ろう?」

「あ、はい・・・」




麻衣と佑唯が来た道を戻る一方、一向に追い付かない渉は何をしているのか。
その理由はというと。

「・・・あまりくっつかれない方がよろしいかと思いますが」

「だって、この町で、こんなイケメンの方を見たことなかったですから・・・」

「どこもイケメンではありません、それに自分、早く宿に戻らないといけないので」

「も、もう少しだけ、いいですか」


(参りましたねぇ、これでは佑唯さんに怒られますねぇ)



桜井玲香という女性が、渉の腕を掴んで離さなかった。どうやらコンビニでの買い物はすぐに終わったのだが、彼女が渉を見て一目惚れをしたらしい。暗いためによくわからなかったが、顔は真っ赤だった。


「じゃ、宿までご一緒に・・・」

「参りましたねぇ、ん?」


渉の行く先から、戻ってきた佑唯と麻衣がやってきた。


「あー!白兎夜さん、なんですか、その人!」

「コンビニで買い物をした後から、この方に絡まれて動けなくて困っていましてねぇ。丁度良かったです。ところで佑唯さん、その方は?」

「あ、白石さんて言うんです。不審者に絡まれたところを助けてくれました」

「そうなんですか、それは有り難い事です」

「・・・いえ。それより女の子を一人で歩かせるなんて、注意力が無さすぎよ?気をつけないと、また不審者に絡まれるわよ」

「・・・そうですね、努力します」


渉と佑唯は宿へ向かって歩いていった。二人の姿が見えなくなった頃、麻衣と玲香は並んで歩き、別の道を行っていた。


「あんた、また男にすぐ一目惚れしたの」

「だって、あんなイケメンいないじゃん」

「あまり信用しちゃダメよ、男は誰しも最後に悪い意味の“尻尾”を見せてくるもの。女が強くなきゃ、恋愛も何も上手くいかないわ」

「麻衣ったら、男の人が誰もがそうだって見方はよくないよ」

「男なんて信用ならないのよ。今の人もそう。こんな暗い道を、あの子一人で歩かせるなんておかしいわ」



麻衣と玲香の、渉の評価は真逆であった。明日も喫茶店でライブを終えた後、会うのだろうか。
玲香は渉に、口では説明の出来ない思いを抱いていた。

壮流 ( 2017/02/08(水) 23:21 )