01
「おい兄ちゃん、ちゃんと顔貸せ」
「何でございましょう」
「俺の女ぁ連れて歩いてた男がいるって、部下が言ってたんだよ」
「ほう、それで、なぜ自分を?」
「それがよぉ、男の特徴がな・・・黒いコートに黒いハット、黒いグラサンをかけた、背の高い男なんだ。なぁ、兄ちゃん、お前の格好と全く同じなんだよ」
「・・・さぁ、覚えなどありませんねぇ。そちらさんの女なんて」
「しらばっくれるつもりなら、こっちにも考えがあるぜ、おい、そいつ連れてこい」
複数の男に囲まれながら路地裏へ連れられていく。だが彼は動じてなどいなかった。不気味に笑いながら、この状況を楽しんでいた。
「早いうちに吐きな、俺の女連れてどこ行った?」
「・・・どこに行ったんでしょう、自分、そんな女知らないもんでね」
「・・・ふざけてんじゃねえぞ!」
男の図太い声と壁蹴りで、部下達は怯えた。だが彼は全く動じない。
「あくまでもシラを切るんだなぁ?なら、ちょっと痛い目を見てもらうぜ」
胸ぐらを掴み、右手でフックを出した、その瞬間だった。彼はそれをかわすと、歯を見せて笑った。
「手ぇ出すつもりなら、こちらこそ容赦しませんよ・・・」
「なに、ぐっ!?」
下あごにアッパーを打ち込み、更に横からあごを打ち砕く。瞬時に二発のパンチをあごに打たれ、男は脳震盪を起こして腰から倒れた。
「先に手を出したのはそっちです、殴られようと、文句無しですよ?」
「ぐぅ・・・お、お前ら!」
「へい!」
それから20分後のこと。
「待ってたわよ」
「遅れてしまいましたね」
「20分、何をしてたのかしらね」
「・・・ふふ、あなたの男だと言う輩に出くわしましてね、始末に少し時間がかかりました」
「私の男?まさか橋本組の?」
「おや、本当にそういう関係だったんですか。これは失礼、こんな所で会ってちゃいけませんね」
「ま、待って!帰らないで!置いていかないで!その男・・・始末したって言ったわよね?本当に“始末”したの?」
「殺しゃしません、自分もあなたの男じゃありませんからね」
「・・・そうだけど」
「上西さん、それで、どうします?これから」
「・・・いいわ。あの男が始末されたんなら、私はもう自由だもの」
「・・・どういう事でしょう?」
「あんな男なんか、興味無いわよ。あなたみたいな闇だらけの男の方が好きよ」
「ふっ、それは光栄ですね。で、これからどうしましょう?」
「・・・そうね。あの男の事を忘れられるような、凄い事がしたいわ」
「・・・なるほど、なら、心からも記憶からも消してあげましょう」
男と恵は腕を組んで歩き出した。
彼は何をするというのだろうか。
いまいち掴めない彼の心。恵はそのミステリアスな一面に惹かれた。
元々、橋本組の若頭という男と付き合ってはいたものの、素の彼はイメージとは違った。彼はセックス以外何もしてくれなかったのだ。
デートはラブホテル以外無し、そして組の事務所に行ったと思えば礼も無しにこき使わせる。
彼からは何の愛もなかった。そんな毎日に嫌気がさして逃げ出そうと考えていた矢先の事。
恵は彼とバーで飲む約束の為、待ち合わせの店に向かっていた最中に、一人の男とぶつかった。
謝って、店に向かおうと思ったその時、その男からは何かを感じた。
黒いコート、黒いハット、黒いサングラス。そのサングラスの下からは心を見透かしているような鋭い目が見えたのだ。
そして恵はとっさに言い放った。
(お願い、私を助けて!)
そして今に至り、恵は彼と会って一目惚れをした。
つまり、若頭の部下が見たのは、この“ぶつかった瞬間”だったのだ。
「ここでどうでしょう、上西さん」
「ふぅ、あの男の事を忘れたいって言ったって、やっぱり体目当て?」
「消す、ではありません、上書きという考えです」
「体目当てなのは否定しないのね。でも、あなたが言うと違うわね」
「いいえ、あの男も自分も変わりゃしません」
「あなたは違うの、何が違うかは分からないけど、違うの」
「自由になったからですか」
「ううん。あの男の事を思い出す限り、自由じゃないわ。でも、今日で忘れられそう、そんな予感がするのよ」
「さぁ、それはどうなんでしょう」
雪がしんしんと降る道の先。そこにあるラブホテルに、男と恵は並んで入っていった。