7話
03
 先日と同じく呼び出しを受けた隆治は屋上へと向かっていた。
 しかしながら以前と異なっていたのは、差出人の名前がネズミではなく渡辺麻友というものになっていたことだった。
 先日敦子の取り巻きが敦子の力を借りることなくブラックを倒したという情報が入っていたこともあり、礼を告げるべくたどり着いた屋上へのドアを開ける。

「あれ、ネズミ?あっ、そういうこと!」

 到着した先にいたネズミを見て頭に疑問符が浮かぶものの、以前の会話などの状況を思い返しすぐに彼女の名前について理解をする。

「その顔を見ると、あっしの名前を知らなかったみたいっすね。全く、本当に鈍いんすから」

 彼の発言について少しばかり呆れたように息を吐いたネズミは背中を向けると隆治から離れ転落防止のフェンスへと歩み寄った。
 そんな彼女を追うように隆治もまた足を進めていたが、口調が再び戻っていることに違和感を抱く。

「それで、お手紙には助けて欲しいって書いてたけど」

「ああ、彼女は助けて欲しいようだ」

 隆治の問いにネズミが答えるよりも先に、背後から男の声が彼の問いに答える。
 その声が聞き覚えのあるものであったものの、無意識の中で背後を取られたこともあり隆治は反射的に警戒しながらそちらへと視線を向けた。

「零?なんでネズミ……いや、渡辺さんと?違う、そんなことはあり得ないはず」

  零(ぜろ)。
 コードネームなのか、本名なのかは不明であるが、そう呼ばれている存在。
 任務のために隆治を学園へと送り込んだ当人であり、現場に現れるとは思っていなかった相手の姿を見て隆治はうろたえた。

「例の処置ならば対応した。複雑な術式を組んだ分苦労はしたが」

 この学園へと来る前に施した偽装工作、それはこの学園を中心に半径20km圏内では橘隆治以外の彼が所属する組織の人間を可視できなくなるもの、それに加えて学園共学化への意識を刷り込むものであった。
 その説明を受けて零とネズミが会話を行っていた事実に納得をしかけるものの、やがてすぐに違和感を抱く。

「先日申し出のあった藤宮光の偽装工作も解除したが、全くもって度し難い。優位性を自ら捨てるとは」

「そんな簡単に偽装工作、解除できるものなんですか?零にならば」

 大掛かりな仕掛けであったにも関わらず、無効化出来る手段があることを知った隆治はどこか不服そうにしながらも彼の能力を探るように問いかける。

「苦労したと言った。奇跡を無力化する術をお前ならば知っていると思ったが」

「まさか、抑止剤?」

 不満そうな相手に気を遣う様子を微塵も見せず、当然のことを話すように零は言葉を続ける。
 自然と導き出された答えを呟くものの、アルカナを携帯化出来るという話に聞き覚えが無い隆治は戸惑いを覚えた。

「鎮静、それが彼の能力だとか。迷惑な話っすよねぇ。橘さんがくれたこの感情が人質……いや、感情質になるなんて」

 困惑から言葉を失っていた隆治に代わり、ネズミが口を開き沈黙を破る。
 自身が知らなかった情報を彼女が口にしたことで、隆治は零を睨みつけた。

「何故渡辺さんを巻き込んだんですか、彼女は関係ないはずです」

 彼女の話した内容から任務に加担することを察した隆治は強い口調で零を問い詰める。
 怒りの矛先となった今でも零は顔色を変えることなく、鋭い視線を向けてくる隆治と視線を交えた。

「お前のアルカナに触れた時点で無関係ではない。それにこうは言うが彼女は喜んで協力をしてくれた」

 自身が巻き込んだ事実を改めて指摘されると、隆治は唇を噛んで視線を落とす。
 その後に続いた言葉に驚きネズミへと目を向けると、彼女はにこりと笑って頷いた。

「最優先事項である“星”の発見が遅れている。学園の情報に長けている者を引き込むのは好手だと思われるが」

 怒りよりもネズミが協力するという意識を見せたことによる戸惑いが勝り始めた隆治へと、零は背中を押すように任務の優先事項を強調する。

「でもなんでそのアルカナの星とやらを探してるんすか?」

「星は他のアルカナに比べて不安定だ、我々が保護や支援をする必要性がある」

 口をつぐんでいる隆治から零へと向き直ったネズミは、更に任務へと踏み込むように尋ねる。
 回答に対し相槌をうつネズミであったが、それ以上の会話をさせないよう隆治は2人の間を遮るように手を出した。

「渡辺さんには頼りません。最優先事項に関しては俺1人でもなんとでもなります。失礼します」

 提案を拒否した隆治が改めて自らの意識を口にすると、軽く頭を下げてから屋上から立ち去っていく。
 非協力的な対応をされたにも関わらず、2人は彼の後を追うことは無かった。

「これで最優先事項の進行が改善するんだな?」

「あっしが喜んで協力するなんて言ったら自分の能力の影響だと考えるはずですからねぇ。それに以前リセット可能性という圧もかけておきました」

 事前の打ち合わせがあったのか零から確認されるように問われると、ネズミは隆治の性格から抱くように仕向けた思考について自信ありげに告げる。

「確実に見つけるのはあの時計頼りなんすから。早く見つけて下さいね、チャーミー?」

 隆治の姿が消えた扉を未だ眺めていたネズミであったが、やがて悪戯な笑みを浮かべると独り言のように彼女ならば呼ぶことのないであろう彼の愛称を口にした。

Desperado ( 2025/06/14(土) 22:00 )