高架下の待ち伏せを受けた後日。
隆治は自らの靴箱に入っていた1通の手紙によって屋上へと呼び出されていた。
普段ならば相手にしない誘いであったものの、その差し出し主の名前を見て彼は迷うことなく呼び出された場所へと向かっていた。
「良かった、無事だったんすね」
屋上のドアを開けると、隆治の目には呼び出した人物の姿が映る。
呼び出しに素直に応じてくれたことに気を良くしたのか、ネズミはにこりと微笑んでから現れた
相手へと声をかけた。
「無事?でも、ちょうど良かった。俺も探してて」
話す機会が得られたことの喜びがあったものの、ネズミの顔を見たことにより以前の罪悪感を思い出した隆治は表情を曇らせて相手の言葉に応える。
「あっしのせいでトラブルに巻き込まれたかと思いましたが……まぁ、何事もなく払い除けたって感じっすかね」
隆治の言葉が耳に入っていないように、ネズミは彼に喧嘩などによる傷が無いことを確認して小さく頷く。
話の内容を理解することが出来ていない隆治は様子をうかがいながら彼女が自らの言葉を受け入れてくれるのを待った。
「俺からもお願いが……」
「嫌っす」
ネズミの様子が落ち着きようやく改めて口火を切るものの、希望を告げ終えるより早くその言葉は一蹴される。
あまりにも唐突なことに隆治はきょとんとするものの、それが想定通りだったのかネズミはくすくすと笑った。
「まだ何も……」
「時計を着けて、その外側の赤いボタンを押して欲しい、っすよね?嫌っす」
冗談めかしている態度に隆治もつられたように小さく笑って言葉を返そうとするものの、彼女からつらつらと告げられた言葉の内容に思わず目を見開らいて絶句する。
その反応を見て無言の肯定であると判断したネズミは再び彼に向かってにこりと笑みを向けた。
「山椒姉妹戦ではしっかり押しているのを確認しました。でもあっしを反射的に叩いた時には押してなかった。そこから私は……」
淡々と説明をしていくネズミであったが、肝心の結論を口にしようとする際に言葉を詰まらせる。
先程までは余裕そうに笑みを浮かべて隆治を捉えていた視線にも戸惑いが表れていた。
「とにかく!自分ではコントロールしきれてないけど人に好意を抱かせ、増幅させる。さしずめ“ハート型ウイルス”ってところっすか?赤いボタンにはそうっすね……抑制剤やワクチン、そういう類いのものを接種してるんだと思いますけど」
しかしながらすぐに自らを一喝するよう声を張ると、たどり着いた見解について一気に話し終える。
先程までの戸惑いはすでに消えておりいつも通りの声色で平然としているものの、彼女の頬はほんのりと紅潮していた。
「推理だけでそこまで?すごい、本当にびっくりだよ」
「相変わらず否定しないんっすねえ、正直というかなんというか」
彼女の表情より告げられた内容に注意が向き言葉を探す隆治は、ようやく見つけた賛辞の言葉を口にする。
先程同様誤魔化すことなく感心をしている相手に緊張が解けたのか、ネズミの紅潮していた頬も落ち着いていた。
「でも、そうと分かってるなら尚更治したいんじゃない?」
「そこなんっすよねぇ」
ひたすらネズミのペースに乗せられていた隆治であったがようやく思考に整理がつき素直な疑問を口にすると、痛いところを突かれたと言わんばかりに彼女は腕組みして改めて考えるように目を閉じる。
「あっしもそこは迷いました。けど今まで恋愛感情なんて抱いてこなかったあっし、いや……私には貴重な感情なんだ」
考えがまとまらないまま言葉を紡いでいくネズミであったが、やがていつもの芝居がかった話し方ではなく本来自身が持つものへと変化する。
想いに決心をつけたのか、そこにはからかいも躊躇も無く真っ直ぐに隆治へと視線を向けるネズミの姿があった。
「だから知略の幅として利用させて貰うよ、橘隆治くん」
迷いなく開き直ったかのような堂々とした宣言を受けて、再び置いていかれることとなった隆治はただ視線で屋上を遊歩し始めたネズミを追っていた。
今まで自らの能力について言い当てられることなど無く、更にそれを知りながらも受容されたということに隆治は困惑する。
「ああ、そういえば。シブヤの舎弟が落ち着いた件、前田なら答えを知ってるはず」
彼が何かを言おうとしているものの、言語化が出来ないことを察したネズミはふと思い出したように話題を切り出す。
「前田さんが?まさか俺が差し向けたからかな」
考えがまとまらない中でも先日自らが敦子を巻き込んでしまったことが鮮明に思い起こされると、話を聞きに行こうとネズミに背中を向ける。
思考の優先度合いが瞬時に切り替わったことが面白くないのか、ネズミは不貞腐れたように目を閉じた。
「あと!これは私ではなく“渡辺麻友”からの助言だけど。前田が次にやるだろうブラックは橘くんと同じ類いかもしれないってさ」
相手の視線を再び自身に向けたいという願望と、伝えれば喜ぶという確信があってか彼女は得意気に自らが知り得る情報を告げる。
「同じ類い、アルカナを認識してるとかかな……ありがとう!ただ……」
「ただ?」
その話に嬉々として礼を告げる隆治にネズミも笑いかけるが、どこか歯切れ悪そうに言葉を続ける彼の言葉を復唱しながら小首を傾げた。
「渡辺麻友さんって誰だったかな、学園内で会ったことあるかな」
考えることが再び増えたためか隆治は難しい表情を浮かべ、こめかみのあたりを指先で押さえるようにしながら屋上から立ち去っていく。
「朴念仁」
残された言葉を受けてネズミは拗ねたようにガムを口に放り込むと、ぽつりと呟いてからため息を吐いた。









