02
「ああ、やっちゃった……あの子に時計なんとか着けて貰わないと」
相変わらず気落ちしながらも、落ち着かない様子で隆治は屋上を右往左往していた。
そんな中、再び屋上の扉が開く音がしたために彼はそちらに目を向ける。
彼女が戻ってきてくれたかもしれない。
そんな淡い願いを抱いていたが、その願いはすぐに消え去った。
「あー!見つけましたー!」
隆治が希望していた人物とは正反対の鼻にかかった声が屋上に響くと、彼の見覚えの無い少女が姿を現した。
「また1年生?ちょっと1人にしてくれるかな」
「まっちゅんって呼んでください!今ネズミさんが降りていったんですけど、何かあったんですかー?」
もはや相手にしないような対応を取る隆治であったが、立ち去ったネズミとすれ違った話を聞き再び強い罪悪感に苛まれる。
「泣いてたりしなかった?」
最後に声が弱々しくなっていたことを気にしてか、視線を下げる隆治は素っ気ない態度を取ることを忘れて問いかけた。
「相変わらず甘いなあ、もしかして叩いたりしちゃったとか?」
次の瞬間飛んできたのは先程まで聞こえていた猫撫で声ではなく、声変わり前の少年を思わせる嬉々とした声であった。
「あはは、エラー吐くんじゃないかな?」
咄嗟に隆治は時計の側面を目の前の相手に向けるが、その人物はおかしそうに告げる。
“候補可能性 88.88% エラー”
盤面のデジタル数字が全て塗りつぶされていることを確認してから少女に目を向けると、やがてその人物の箇所だけ映像のノイズが掛かったかのように姿が霞む。
視野の違和感が無くなった際に少女が立っていたはずの場所には、隆治より幾分か身長の低い少年が立っていた。
「光?何をしに……まさか監視?」
光と呼ばれた人物、藤宮 光(ふじみや ひかり)。
隆治の目的を知る人物であるものの、隆治の方は彼についての情報はほとんど持ち得ていなかった。
自身の他者からの認識を、別人と認識させることが出来るということを除いて。
同じような時計を付けているためにそこに秘密があると隆治は睨んでいたが、それぞれの時計の詳細については各々で内密にされていた。
「楽しそうだから来ただけだよ、別に僕は今回この仕事に関与してないし」
本来はこの場に居ることが好ましくない人物であるために隆治は怪訝そうに問いかけるが、光はそんなことを気に留める様子もなくのんびりと答える。
「それで、なんでよりにもよってそんな風に変装してるんだよ」
相手がいつものペースで話していることが緊張を和らげたのか、隆治は先程の姿を思い出し苦笑いをしながら尋ねた。
「可愛かった?あ、そんなことより目星とかはちゃんとついてる感じ?」
「まぁ、何人かは」
指摘を受けた光はにやりと笑ってからかうように告げるものの、思い出したかのように唐突に話を変える。
急な話題の転換に隆治は驚くが、思い当たる人物を頭に浮かべながら曖昧に答えた。
「仕事ちゃんとやってるなら良かった。じゃあ、はいこれ」
質問への答えを簡単に信用すると、光は宝石のように見える緑色の宝飾の付いた指輪を隆治へと差し出す。
「うげ、そんな趣味は……」
「あはは、違うよ。リセットが走る可能性があるから僕はこれを渡しに来てあげたのさ」
唐突に差し出されたもの見た隆治は不快そうな表情を隠すことなく露わにするが、それに対しても光は気にする様子を見せずに詳細を付け足す。
「リセット、検討されてるの?」
さらりと告げられた内容に隆治は表情を曇らせると、差し出されていた指輪を手に取る。
その処置が好ましくないためか、隆治はどこか不安そうに問いかけながら視線を上げた。
「何のことか、まちゅわかんなーい。じゃあ頑張って下さいね、チャーミー!」
「その呼び方!全く……」
視線を戻した時には既に少年の姿でなく、屋上に訪れた際の少女の姿に戻っていると頬をわずかに膨らませながら答える。
残された愛称に隆治は反論しようとするが、その時既に屋内への扉へと手を掛けている相手を見て諦めたように小さく首を振った。